24話 ページ25
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私は乾いた喉にレモネードを流し込んだ。酸味と程よい甘み、レモンピールの苦味、炭酸。胸の奥にモヤモヤと溜まっていた霧が晴れていくような感覚。グラスを置いて、私は彼に言う。
「今、ウェールズさんは幸せなんですね」
「うん!」
彼は無邪気に笑いながら大きく頷いた。アルコールのせいか、ほんのりオレンジがかった照明のせいか、頬が色付いている。色々なことに思いを馳せるように彼は微笑む。そして、何かを思い出したかのように声を出した。
私はその声に耳を傾けようと彼の方を見る。彼は私の左手を彼の右手で優しく握る。冷たいドリンクのせいで少し冷えた私の手とは対照的に、アルコールで火照った彼の手。彼はいたずらっ子のように笑いながら言う。
「もし、もう一度俺が君をデートに誘うことを許してくれたらもっと幸せかも」
冗談とも本気とも取れるような言い方の言葉。握っている手の指を絡めて逃がさない。彼は笑っているのに、どこか本能的な恐怖を感じてしまいそうな獲物を見つけた獅子のような目。逸らしたいのに逸らせないその瞳。
「あ……、えっと……」
「……ごめんね、ちょっと強引だったかも」
「あの! ごめんなさい、私、あんまりその……口説かれるとか、慣れてなくて」
「……こんなに可愛いのに?」
直球な褒め言葉が一番恥ずかしい。彼から目を逸らしたくなって、この場から逃げ出したくなるほど。冷えていた指先が彼の熱と私の照れで温かくなっていくような感覚。
「ふふ、じゃあちゃんと誘わないとね」
彼は私の手を解放して、その手で顔をパタパタと扇ぐ。一度ぎゅっと目を瞑り、軽く深呼吸をする彼。借りてきた猫のように小さく縮こまって、でも背筋は伸ばしてまっすぐ私の目を見て。
「俺とデートしてください」
「……よろこんで」
「やったあ!」
彼が喜ぶと同時にがたん、とテーブルの上にあったエールのグラスが倒れる。幸い割れてもいないし、入っていた残りのエールも少なかったので大した被害はなかったものの、彼は目に見えてしょんぼりと落ち込んだ。
こぼれたエールをナプキンで拭き終わった後、彼は人差し指で軽く頬をかきながら、恥ずかしそうに私から目を逸らして小さく笑う。
「……あぁ、カッコつかないなぁ」
そうつぶやく彼が、なんとなく可愛くて。仮にも上司、仮にも敬愛すべき祖国である彼にそんなことを思うなんて、無礼千万だろう。
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