22話 ページ23
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「このあと時間ある?」
彼のその言葉に私は頷く。こんな時間になってしまうと開いているカフェは無くて、私たちは少し歩いてオフィス街を抜けたすぐ先にある気軽なパブに入った。私はあまりお酒は好きじゃないけれど、彼は意外と好きらしい。彼は最初に注文したエールはものの10秒で飲み干してしまう。
一方私は、シャンディガフを一口飲んでそのまま。特別お酒が好きというわけでもなければ、お酒に強い訳でもないので自然と酒の場からは離れてしまう。樽を模した粋なテーブルには私のシャンディガフと空になったグラスが置かれた。
「俺ね、Aちゃんに嫌われたと思ったんだぁ」
「嫌うなんて……! 私こそ、この前は失礼なこと言ってしまってすみませんでした」
「ふふ、Aちゃんならそう言うと思った」
彼が何かを言いかけると、ウエイターが彼の前に新しいエールを置いて空いたグラスを下げた。
「……でもね、Aちゃんがもし、とんでもない人……君が想像するイングランドみたいな人と一緒に住むって言ったら俺も君と同じこと言ったよ。いくら国のためだって言っても、俺は止める。……それと同じだよね」
私は静かに頷いた。彼はエールを一口飲んでグラスを揺らす。
「Aちゃんは、あんまりお酒好きじゃない?」
「……すみません」
「謝らないで! シャンディガフは俺が飲むからジュースでもミネラルウォーターでも頼みな」
酔いがまわってきたのかいつもよりも少し饒舌になる彼。その言葉に甘えて私はレモネードを頼み、シャンディガフのグラスを彼に差し出す。シャンディガフは彼には甘すぎたらしく、一気に飲み干したと思ったら普通のエールで口直しをした。
ネクタイを緩めて、スーツの懐からタバコを取り出した。ぼんやりした様子でジッポで火をつけて、煙を吐く。先端の灰を灰皿に落として、パッと彼が前を見た時にやっと私と目が合った。青ざめた彼は慌ててその火を消す。
「ご、ごめん! 俺、ちょっと酔ってるみたいで! いつもは吸わないんだけど、酔うと口寂しくてつい……」
「大丈夫ですよ、祖父が吸ってたので慣れてます」
「本当に……? うーん、そしたら申し訳ないけど1本だけ吸わせてもらうね……」
彼は新しいタバコを出して火をつける。私ではないどこかに向かって煙を吐き出して、エールを流し込んだ。
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