2話 ページ3
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「お、おはようございます!」
翌朝、誰よりも早く来たと思っていたけれど、オフィスには人影があった。恐る恐る覗いてみると、そこに居たのは薄茶色の髪をした男性。見間違えるはずもない彼だった。私の挨拶は、無駄に声が大きかったうえに緊張のあまり声が裏返ってしまった。
私の声に驚いたように肩を震わせて、振り返る彼。私の姿を見ると、小さく笑った後に『おはよう』と挨拶を返した。彼しかいないオフィスは、ほんのりとアールグレイの匂いがする。
「お早いんですね」
「うん、みんな頑張ってくれてるからねぇ。俺も頑張らなきゃ!」
「……はい……、はい! 私も頑張ります!」
勤勉で真面目な様子の彼は、耳をこちらに傾けつつも作業する手は止めない。そんな彼を見て、ますます私は彼への憧れや信仰に近い忠誠心を覚えたような気がした。
(おじいちゃんも、そうだったんだろうな)
私の無駄に大きい声を聞いた彼は微笑みを零して、元気だね、と言った。
同僚や先輩たちがオフィスに来たのは、私がオフィスに来て30分ほど経ってからだった。その30分の間、彼も私も会話はしなかったけれど不思議と居心地が良かった。
「おはよう、早く来たんだね」
「おはようございます、デスク周りを片付けたくて」
「就業時間にやっても怒られないよ?」
「ガサガサ音立ててたら皆さんにご迷惑かけちゃうので……」
「そっかそっか」
先輩たちは私が少しでも馴染めるようにと声をかけてくれて、自分のを淹れるついでだからとコーヒーを淹れてきてくれる。ウェールズ様があんな様子だから、自然と優しく朗らかな人が集まってくるのだろう。たったの2日働いただけだが、そんなわかったようなことを思ってしまう。
カタカタとキーボードの音が響き始めて、サラサラと万年筆を滑らせる音がキーボードを叩く音と音の間をすり抜ける。プリンターの音は地に響き、話し声はメロディになる。オフィスに溢れる音はオーケストラのようだ。
そしてそのオーケストラを指揮するのは彼━━ウェールズ様で、私もそのオーケストラの一員であることを誇りに思う。私の持てる能力全てを使って与えられた仕事をこなしながらそんなことを考えていた。
いつの間にか、オフィスに漂っていたアールグレイの匂いはコーヒーの匂いにかき消された。
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