12話 ページ13
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「ここです、ここで止めてください」
「うん、行っておいで」
「……はい」
自然の中にポツンとある赤い屋根の家、それが私の生まれ育った家だった。ラッパスイセンやパンジーが植えてある花壇、母や祖母は園芸上手で庭はよく手入れされている。道の端っこに止められた車を降りて、私は一目散に家へと走っていく。
彼にお礼を言う余裕すらなくて、私はただ祖父がまだ生きていることや回復することばかりを祈っていた。家に入って、祖父の部屋に行くと父は難しい顔をして祖父のベッドのそばでうなだれていて、母はベッドの上に置いた腕に顔を埋めてすすり泣いていた。
「お母さん、お父さん。おじいちゃん、どうなの?」
「A、帰ってきたのね。……ごめんね、おじいちゃん、10分くらい前に息を引き取ったの。まだ手は温かいから握ってあげて」
涙を流しながらそう言う母は、私の手を祖父の手に重ねた。確かにまだ温度はあるけれど、全く力の入っていない祖父の手。祖父はこの手でウェールズを守り、私たち家族を守ってくれて、そして幼い私の頭を優しく撫でてくれた。マメだらけの硬い手のひら、骨ばったシワだらけの甲、私よりもずっとずっと大きくて温かい手。
顔にかけられた布の下を覗けば寝顔のよう。ベッドの横のテーブルには今とまったく変わらないウェールズさんと、若い頃の祖父のツーショット写真が飾られている。その隣には私の写真、そして私と両親の家族写真、祖父と5年前に亡くなった祖母が一緒に写った写真。祖父は愛情深くて信心深い、強くて優しい人だった。
私はふらふらと立ち上がって、そのまま家を出た。父も母も止めない。花壇の向こう側に彼の車が停めてある。彼は車に寄りかかって腕を組みながら眉間に皺を寄せていた。歩いて彼の元に行く私に気がつくと私のそばに駆け寄って来る。
「お祖父さん、どうだった?」
彼の優しい声。彼のスイセンの葉と同じ色をした瞳を見ると、今まで抑えていた涙が溢れてくる。私は俯いて、彼に言う。
「ウェールズ様、祖国様。どうか、どうか祖父に会ってくださいませんか」
突然、強い力で引き寄せられる。安心する人肌の温かさ、香水の隙間をかいくぐってほんのり香るアールグレイ。彼は決して背が高い方では無いけれど、こんなに近づいてしまうと背の高さも肩幅の広さも、力の強さも私とは比べ物にならない。いつもよりもずっと近くに優しくつぶやく彼の声。
「会わせて」
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