9杯 ページ9
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煙草は嗜好品だけど戦時中は数がなかった。そんな中で効率よく無駄なくタールを吸引するために煙草の煙を肺の深くにまで入れる、こんな方法が流行った。今ではこっちの吸い方が正しい、ふかしタバコはイキりだなんて言われるようになった。私が煙草を味わっているうちに、彼はしみじみとした様子でそう教えてくれた。
私が煙を吐き終わると、彼はすかさず酒を飲むようにと勧めてきた。その勧めに従って私は、まだ煙草の後味が残る口に酒を流し入れた。煙草の苦味やバニラの香りに、ウイスキーのウッディな香りが混ざりあって、まるでセットで作られたような相性だ。私が驚いていると、彼は得意気に笑いながら言う。
「煙草は最高の肴だぜ」
「……そうかも」
なんとなく悔しくって何か反論したかったけれど、お酒に合う食べ物は沢山あったけれど、これ以上に相性のいいものが思い浮かばなかった。
「……だけど、あんま吸いすぎんなよ」
あくまで嗜好品だからな、と。含みのある彼の言葉、それ以上になにか聞くことはできなくて私は軽く微笑んで頷いた。そういえば、と私は切り出す。財布の中に閉まっておいた彼の連絡先が裏に書かれた名刺、アーサー・カークランドさんの名刺を出す。
「これ、仕事相手のじゃないの? スコ兄のじゃなさそうだし」
「ああ……、別にいらねえな」
苦虫を噛み潰したような顔をして、彼はその名刺から目を背けた。たったの3回会っただけ、1回は私が見かけただけの彼、何も知らないことに気がついた。こんな顔をする理由も、本名さえも知らない彼。深く知ってしまえば二度と会えないような気がして、でもそれは厨二病的な勘にすぎなくって、聞けば結局何でも教えてくれるじゃないかとも思ってしまう。
私は何度彼に向かって言葉を飲み込んだろう。
そんなこと、相手が彼であっても彼じゃなくても何度もあったことで覚えてられるはずがない。きっと私がこんな、タールの苦味のような、アルコールの苦味のような思いをしてるのは彼のことをもっと知りたいと思っているからなんだろうな。
「いらないならちょうだい」
「もう連絡帳はいれたんだろ?」
「いれたけど、スコ兄に貰ったものだから」
彼は少しムッとして、カウンターに煙草と一緒に置きっぱなしだったジッポを私に投げ渡した。そのままそっぽ向いて、彼はウイスキーを飲み干した。
「レディに愚弟の名刺しかやらねえ男だって思われんのは癪だし、今はそれしかねえんだよ」
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おず(プロフ) - おしゃち!さん» コメントありがとうございます💕最後までご愛読頂いた上にそのように言っていただけて嬉しい限りです、ありがとうございます!これからも精進して参ります! (2月25日 11時) (レス) id: 0e6497002e (このIDを非表示/違反報告)
おしゃち! - 完結おめでとうございます!出会いによって人生が変わっていくドラマチックなストーリー、毎話ドキドキしながら読ませて頂きました。ラストの回収が見事過ぎて言葉が出ません🥲︎素敵な作品をありがとうございました!! (2月24日 1時) (レス) id: cebb1c38ee (このIDを非表示/違反報告)
おず(プロフ) - メイベルさん» コメントありがとうございます!一緒にスコ兄の底なし沼にハマりましょう!!アーサーの方も読んでくださりありがとうございます、更新もラストスパート切りましたので頑張ります!お付き合いいただけると幸いです😍 (2月22日 12時) (レス) id: 0e6497002e (このIDを非表示/違反報告)
メイベル - コメント失礼します!!大人っぽい雰囲気最高です!!元々好きでしたがもっとスコ兄に沼りました!アーサーの方の小説もとてもキュンキュンして読みました🥰お身体に気をつけて更新頑張ってください! (2月22日 0時) (レス) id: 40a9933e11 (このIDを非表示/違反報告)
おず(プロフ) - ononon245さん» コメントありがとうございます!以前のもの読んでくださったようで嬉しいです、ありがとうございます🥰スコ兄ということで大人っぽさ全開で書いてみています!楽しんでいただけると幸いです🥰 (2月9日 23時) (レス) id: 0e6497002e (このIDを非表示/違反報告)
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