8杯 ページ8
*
「隣座ってもいいか?」
慌てて目を逸らしたけれど彼も私に気がついていて、声だけでも笑っているのがわかる。まさかメールを送った直後に来るなんて、誰がそんなこと予想できるの。私は彼の言葉に小さく頷いた。
「来るなら言えよ、フラれたかと思ったぜ?」
「ついさっきメールしたの!」
「マジかよ、……ハハハ、見ろよ、2分前に受信してる」
わざわざ開かなくて良いから、と言ったのに彼はそんなこと聞いてなくてスペルミスを笑った。そしてそのまま私のメールアドレスを連絡帳に登録した。その何気ない行動が気恥ずかしくて嬉しくて妙な気分、もう酔ってしまったのかもしれないなんて。ひとしきり笑ったあと、彼はポケットから煙草とライターを取り出して、そのままコートを脱いだ。
「悪い、煙草吸ってもいいか?」
私はその言葉に頷いて、その実ほんの少しショックを受けていた。私は美味しいお酒のせいで煙草が不味くて仕方がないって言うのにこの人は、なんて勝手に期待して勝手に裏切られるような感覚。重厚なジッポの火付け音に、煙草が焦げる音、彼が煙を吐き出す音。一連の動作が、私のようにイキったチープなものとは大違いだった。
口元まで煙草を持っていく仕草から灰を落とす仕草まで、薄暗いバーで色気を感じる。彼が頼む前からマスターはウイスキーのロックを彼に出していて、それを飲む姿はまるで映画のワンシーンのようだ。
「煙草なんて吸ったらお酒の味分からなくなりそうだけど」
「ハッ、なんもわかってねえなァ」
彼は吸いかけの煙草の火を消して、鞄を漁る。取り出したのは缶の箱に入った、まるで木の棒のような煙草だった。普通の煙草よりも少し太くて長くて、火をつけてないのにほのかなバニラの香りがする。彼はそれにジッポで火をつける。
「お前、どうせ煙草吸うんだろ?」
「なんで?」
「お前みたいなイキった大学生はみんな吸うからな」
「馬鹿にしてるでしょ」
「少しな」
クッと喉を鳴らして笑って、その後また煙草を吸う。そして煙を吐き出して、私に吸いかけの煙草を吸ってみろと言わんばかりに差し出した。
「煙は飲むなよ」
「……元から飲めないよ」
「それが正しい吸い方なんだよ」
私は恐る恐る口をつけて、煙草の筒越しに空気を吸った。タールの苦味に甘い甘いバニラの燻製のような香り、ほんのりコーヒーのような後味。煙はすぐに吐き出した。
21人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
おず(プロフ) - おしゃち!さん» コメントありがとうございます💕最後までご愛読頂いた上にそのように言っていただけて嬉しい限りです、ありがとうございます!これからも精進して参ります! (2月25日 11時) (レス) id: 0e6497002e (このIDを非表示/違反報告)
おしゃち! - 完結おめでとうございます!出会いによって人生が変わっていくドラマチックなストーリー、毎話ドキドキしながら読ませて頂きました。ラストの回収が見事過ぎて言葉が出ません🥲︎素敵な作品をありがとうございました!! (2月24日 1時) (レス) id: cebb1c38ee (このIDを非表示/違反報告)
おず(プロフ) - メイベルさん» コメントありがとうございます!一緒にスコ兄の底なし沼にハマりましょう!!アーサーの方も読んでくださりありがとうございます、更新もラストスパート切りましたので頑張ります!お付き合いいただけると幸いです😍 (2月22日 12時) (レス) id: 0e6497002e (このIDを非表示/違反報告)
メイベル - コメント失礼します!!大人っぽい雰囲気最高です!!元々好きでしたがもっとスコ兄に沼りました!アーサーの方の小説もとてもキュンキュンして読みました🥰お身体に気をつけて更新頑張ってください! (2月22日 0時) (レス) id: 40a9933e11 (このIDを非表示/違反報告)
おず(プロフ) - ononon245さん» コメントありがとうございます!以前のもの読んでくださったようで嬉しいです、ありがとうございます🥰スコ兄ということで大人っぽさ全開で書いてみています!楽しんでいただけると幸いです🥰 (2月9日 23時) (レス) id: 0e6497002e (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ