6杯 ページ6
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彼が本名を教えてくれないなら私だって、レベッカとかジェシカとか、そんな名前を名乗ってやろうか、意地悪してやろうか。しかし、彼は少し困ったように笑って言う。
「仕事柄な、本名はあんまり教えたくねえんだよ」
「仕事柄って、CIA? FBI?」
「そこで言えたら本名も言ってるに決まってんだろ」
「そっか!」
仕事柄と言われてもなお食い下がるのはなんだか馬鹿らしくて、私はそこで納得するしか無かった。彼はカウンターに頬杖をついて、ニヤリと笑いながら言う。
「それで? お前の名前は教えてくんねえのか?」
「……なんか私だけ本名はずるい気がする」
「ガキっぽいな」
「A! これで満足ですか!」
「ハハッ、おう、満足満足」
大口を開けて笑う彼の様子が、裏表あるようには見えないし、荒々しく刺々しい第一印象からは打って変わって実は親切で話上手の社交的な印象に。アルコールのせいか少し掠れた声に、ほんのり桜色の頬。彼が何者でも彼と出会えてよかった、そんなことを考えていると自然と口角が上がってしまう。
最初は気取った言い回しで、舐められないように強く見えるようにって虚勢を張っていたのにお酒が入ると気が緩んでしまうのか、気取るよりも先に言葉が飛び出てしまう。
「スコ兄さー、いつまでアメリカいるの?」
「おい待てよ、なんだスコ兄って」
「スコッチ兄さんって長いじゃん、スコ兄でいいでしょ」
「ったく、しゃあねえな。……アメリカは、そうだな。気が向いたら帰る」
やば、と私はため息のように漏らした。気が向いたら、は言葉通り本当に気が向いたらなのか私には教えられないのか。分からないけれどそれを気にするような理性はもう残っていなかった。私が残り少なくなったフォアローゼズを惜しみながらちびちび飲んでいると、彼は懐から名刺とペンを取りだして、その裏に何かを書き始めた。
そしてそれを私に差し出した。メールアドレスと電話番号だった。いらなかったら捨てろ、って。その顔は照れているようにも見えて、私はそのいじらしさを受け止めきれず目を逸らして、受け取ったそれを財布にしまった。
「便利な世の中だよな、こんな板ひとつで連絡が取れるなんてよ。一昔前だったら伝書鳩飛ばしてたぜ」
「スコ兄、おじいちゃんみたいなこと言うじゃん」
「お前から見たら同じようなもんだろ」
彼はそう言って席を立った。次来る時連絡しろ、って言ってそのままバーを出ていった。私以外のお客さんのいないバーで、私もフォアローゼズを飲み干して、そそくさとバーを出た。
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おず(プロフ) - おしゃち!さん» コメントありがとうございます💕最後までご愛読頂いた上にそのように言っていただけて嬉しい限りです、ありがとうございます!これからも精進して参ります! (2月25日 11時) (レス) id: 0e6497002e (このIDを非表示/違反報告)
おしゃち! - 完結おめでとうございます!出会いによって人生が変わっていくドラマチックなストーリー、毎話ドキドキしながら読ませて頂きました。ラストの回収が見事過ぎて言葉が出ません🥲︎素敵な作品をありがとうございました!! (2月24日 1時) (レス) id: cebb1c38ee (このIDを非表示/違反報告)
おず(プロフ) - メイベルさん» コメントありがとうございます!一緒にスコ兄の底なし沼にハマりましょう!!アーサーの方も読んでくださりありがとうございます、更新もラストスパート切りましたので頑張ります!お付き合いいただけると幸いです😍 (2月22日 12時) (レス) id: 0e6497002e (このIDを非表示/違反報告)
メイベル - コメント失礼します!!大人っぽい雰囲気最高です!!元々好きでしたがもっとスコ兄に沼りました!アーサーの方の小説もとてもキュンキュンして読みました🥰お身体に気をつけて更新頑張ってください! (2月22日 0時) (レス) id: 40a9933e11 (このIDを非表示/違反報告)
おず(プロフ) - ononon245さん» コメントありがとうございます!以前のもの読んでくださったようで嬉しいです、ありがとうございます🥰スコ兄ということで大人っぽさ全開で書いてみています!楽しんでいただけると幸いです🥰 (2月9日 23時) (レス) id: 0e6497002e (このIDを非表示/違反報告)
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