29杯 ページ29
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次に彼に会ったのはエディンバラに行った日から2週間後だった。彼はエディンバラに行ったついでにと仕事を片付けるらしく忙しく過ごしているらしい。時差はありつつもそれまでの間に何度か電話したし、以前と余り変わらないような気がした。
心は決まっていた。
彼との待ち合わせは出会ったバーで、私は2週間の間に少し髪を切った。タトゥーシールは剥がれて、お腹が出る服を着るくらいには暖かくなった季節。私がバーの扉を開けると、もうそこには彼がいた。
「ごめん、待った？」
「さっき来たところだ」
そんなお決まりのやり取りもそこそこに、彼に何を飲むか聞かれる。約束を忘れたわけでは無い、忘れるわけがない。まるで世紀の告白をするような心臓の飛び跳ね方、このかわいた喉に流し込むフォアローゼズはきっと美味しいだろう。
「フォアローゼズをハイボールで」
「……1番、美味いやつな」
私がマスターに言うと彼も続ける。頬杖をついて私から目をそらす彼。なんだか私はその反応が気に食わなくて、意地悪を言う。
「嬉しくない？」
「嬉しいっつうか、ハハ……、今すぐハグしてキスしたい気分だな」
「私は構いませんよ、見ていませんから」
彼の言葉に被せるように、フォアローゼズのハイボールを出しながら言うマスター。彼は拗ねたように『しねえよ』と呟いた。フォアローゼズの華やかな香りと、キリッとした癖になる味。そして目に飛び込む4本の薔薇が描かれたフォアローゼズの瓶のマーク。
フォアローゼズに溺れてしまいたい。
彼と生きると決めたらフォアローゼズを飲むと言ったけれど、そんなものでは表現しきれない私の気持ち。彼と一緒にフォアローゼズに溺れて、それから酔ってキスをしたい。たったの一口飲んだだけなのに私の頭はアルコールに浸されたように何も考えられなくなってしまう。
「……お前が、俺から離れたいと思ったらいつでも言ってくれ」
「安く見られたものだわ、私の覚悟がその程度だと？」
「……ハハッ、これは失礼、マイ・フェア・レディ」
彼と私は目を合わせて笑った。まるで70年代の西洋映画のような口調は私にも彼にも似合わない。それでもこうやってふざけてしまうのはお互いに照れているからだろう。
どんな煙草の匂いよりも、どんな香水よりも、彼との思い出はフォアローゼズの匂いに染まっていた。甘い香りの裏に隠れたスパイシーな風味は、きっと一生忘れない。
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