13杯 ページ13
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目覚ましのアラームはエミネムだった。お酒を飲んでいなくても二日酔いの気分になるような曲調でいつも目を覚ましていた。
(このアラーム、そろそろ変えようかな)
彼と出会って色々なものを知って、自分を知って、自分の中の価値観が変わっていって。そんな中で今まで好きだと思っていた汚いHIPHOPさえもうるさいと思うようになってしまった。
汚い都会は汚い自分を隠してくれる、そんな雑で自堕落な"エモ"のために私は私を大事にしてなかった。ディズニープリンセスに憧れたあの頃、アイドルに憧れたあの時。私は今よりも私を好きで、大事にしていて、それから明日が来るのがこんなに苦しくなかった。
彼と週に一回くらい会うようになって気がつけば2ヶ月とちょっと。私がお酒を飲むのは彼と会う時だけ、煙草を吸うのも彼と会う時だけになっていた。付き合う友達もずいぶん減って、クラブではなくカフェでコーヒーを飲む、そんな健全な友達だけが残った。友達の数も娯楽も減ったはずなのに、今までよりもずっと生きやすくて、息がしやすい。
わざわざ約束しなくても同じ曜日の同じ時間に彼は同じバーに来ていたし、私もそうした。そして今日も。
「この後、まだ時間あるか?」
いい感じに酔いが回ってきた頃、彼は私にそう言った。彼からそんな誘いを受けたの初めてだった。私が頷くと、お会計を済ませた後に彼は私をタクシーに乗せて自分も乗り込んだ。バー以外で彼と一緒にいるのが新鮮で、少し緊張してしまう。
連れてこられたのはジャズバーだった。店の扉を開くと同時に流れ込んでくるサックスの音に、トランペットの高音、そしてボーカルの甘い声。彼はそこも常連だったらしく、『いつもの席』に通された。私たちがドリンクを注文して、そして届く頃に別のバンドに変わったと思うと、聞き覚えのある曲を演奏し始めた。
「A列車で行こう?」
「俺と?」
「曲名!」
「ハハハ、初心だな」
彼は必要以上に触れてこない。肩にも腰にも、もちろん手にも。時々口説くような甘い言葉を言ったと思えばからかうように笑って、タチが悪い。電子音がない音楽は久々な気がして、つい彼らの演奏に聞き入ってしまう。
「またお前の価値観変えちまったかもな」
私の方を見て、頬杖をつきながら彼はそんなことを呟いた。私はため息をつくように『そうかも』とだけ呟いた。
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おず(プロフ) - おしゃち!さん» コメントありがとうございます💕最後までご愛読頂いた上にそのように言っていただけて嬉しい限りです、ありがとうございます!これからも精進して参ります! (2月25日 11時) (レス) id: 0e6497002e (このIDを非表示/違反報告)
おしゃち! - 完結おめでとうございます!出会いによって人生が変わっていくドラマチックなストーリー、毎話ドキドキしながら読ませて頂きました。ラストの回収が見事過ぎて言葉が出ません🥲︎素敵な作品をありがとうございました!! (2月24日 1時) (レス) id: cebb1c38ee (このIDを非表示/違反報告)
おず(プロフ) - メイベルさん» コメントありがとうございます!一緒にスコ兄の底なし沼にハマりましょう!!アーサーの方も読んでくださりありがとうございます、更新もラストスパート切りましたので頑張ります!お付き合いいただけると幸いです😍 (2月22日 12時) (レス) id: 0e6497002e (このIDを非表示/違反報告)
メイベル - コメント失礼します!!大人っぽい雰囲気最高です!!元々好きでしたがもっとスコ兄に沼りました!アーサーの方の小説もとてもキュンキュンして読みました🥰お身体に気をつけて更新頑張ってください! (2月22日 0時) (レス) id: 40a9933e11 (このIDを非表示/違反報告)
おず(プロフ) - ononon245さん» コメントありがとうございます!以前のもの読んでくださったようで嬉しいです、ありがとうございます🥰スコ兄ということで大人っぽさ全開で書いてみています!楽しんでいただけると幸いです🥰 (2月9日 23時) (レス) id: 0e6497002e (このIDを非表示/違反報告)
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