11杯 ページ11
*
席に戻ると彼は少し不機嫌そうだった。煙草のせいでせっかくの香水も台無し、でも彼と吸う煙草は悪くなかった。
(私、煙草はあんまり好きじゃなかったんだ)
今までかっこいいと思って吸ってきた煙草、ダサいと思われたくなくて飲んでいた酒、それらが実はすごく好きだったり実は好きじゃなかったり。会ったばかりの彼に私の価値観丸ごと変えられてしまったような気分だ。
「ドリンクを残して席を立つやつがあるか」
「え？ でもここはクラブじゃないし、スコ兄がいるから大丈夫じゃないの」
「酒の場においては誰も信用するな、俺を含め、女も店員もだ」
念の為新しいもの頼め、と彼は言うけれど。彼がいるのに危険なことなんてあるのかしら、って思ってしまったの。私は彼の言葉を無視して、席を立つ前に一口だけ飲んで残しておいたフォアローゼズに口をつけた。そこにあったのは、やはり刺激的な炭酸と焼き菓子のような甘い香りに包まれたフォアローゼズだった。
「ほら、大丈夫だった」
「お前、ばか！」
「ひどい！」
「俺が"そういう奴"だったらどうすんだよ！」
私はまた一口フォアローゼズを飲んで、『違うでしょ？』と言って笑った。きっと彼はお兄ちゃんだから、弟や妹にこういう風に不器用な優しさをぶつけてきたんだろう。私をお子ちゃま呼ばわりしてニヤニヤしていた彼に、やり返しができたような気がして存外気分はいい。
彼は目配せで私の煙草を貰ってもいいか確認したあと、それにジッポで火をつけてゆらゆらと煙を吐き出した。煙を吐き出しながら『これだから日本人は危機感が薄い』と呟く。
「聞いてもいい？」
「あ？」
「どうして私が日本人だってわかったの？」
彼は煙草を吸いながら考える。私は確かに日本人だけど、彼ら欧米人から見たら中国人か韓国人か、はたまた別のアジア人かなんて、そんなことは分からないはずである。私だってアメリカ人とイギリス人、フランス人、ほかの欧米人たちの見分けはつかない。
「知り合いにいんだよ、いろんなアジア人が」
「それでわかるものなの？」
「あとお前、単純に英語の発音だろ」
「……下手？」
「伝わりゃ下手とかどうとかどうでもいい」
英国訛りの彼の発音も、伝わるからと私は特に気にしたことも無くて、それは彼も同じで。私はなんとなく喉の奥に詰まった重荷を下ろせたような気がした。『俺からも聞きたいんだが』と、彼が言って私の返事を待つように煙草を咥えた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 21人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
おず(プロフ) - おしゃち！さん» コメントありがとうございます💕最後までご愛読頂いた上にそのように言っていただけて嬉しい限りです、ありがとうございます！これからも精進して参ります！ (2月25日 11時) (
レス) id: 0e6497002e (このIDを非表示/違反報告)
おしゃち！ - 完結おめでとうございます！出会いによって人生が変わっていくドラマチックなストーリー、毎話ドキドキしながら読ませて頂きました。ラストの回収が見事過ぎて言葉が出ません🥲︎素敵な作品をありがとうございました！！ (2月24日 1時) (レス) id: cebb1c38ee (このIDを非表示/違反報告)
おず(プロフ) - メイベルさん» コメントありがとうございます！一緒にスコ兄の底なし沼にハマりましょう！！アーサーの方も読んでくださりありがとうございます、更新もラストスパート切りましたので頑張ります！お付き合いいただけると幸いです😍 (2月22日 12時) (レス) id: 0e6497002e (このIDを非表示/違反報告)
メイベル - コメント失礼します！！大人っぽい雰囲気最高です！！元々好きでしたがもっとスコ兄に沼りました！アーサーの方の小説もとてもキュンキュンして読みました🥰お身体に気をつけて更新頑張ってください！ (2月22日 0時) (レス) id: 40a9933e11 (このIDを非表示/違反報告)
おず(プロフ) - ononon245さん» コメントありがとうございます！以前のもの読んでくださったようで嬉しいです、ありがとうございます🥰スコ兄ということで大人っぽさ全開で書いてみています！楽しんでいただけると幸いです🥰 (2月9日 23時) (レス) id: 0e6497002e (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
