三十話 ページ30
不合格を嘆く周りに怯えつつ、先生から渡された予選の結果を開封する。
深く息を吐いて恐る恐る目を開けると、そこには花丸と共に"合格"を記す紅い文字が。
人目を忘れて子供の様に跳ね上がった数日後、当時の喜びは消え、今は周りの威圧的な競争心にただひたすら逃げ惑うばかり。
本番で使う調理場は殆ど上級生が占領し、練習時間を少しでも増やす為、一部のみの使用を許された下級生同士の時間の削ぎ落とし合いが始まる。
調理器具の紛失や窃盗は勿論、上級生への媚売も見慣れてしまい、私は諦めて自宅での上達に専念する事にしたのだが、
志「これ美味いな、Aちゃん店出せるんちゃう?」
『いえいえ、そんな事ありませんよ…アハハ…』
志麻さんにお邪魔されちゃっています。
頼む、誰か助けて〜!!
センラさんと坂田さん伝いで私の予選通過を知った志麻さんは、大会前日という事で態々家まで応援しに来て下さったらしい。
不安しかないがここで変に追い返して彼の逆鱗に触れたりでもしたら…
美味しそうにモンブランを食べる志麻さんを見ながら、背中に冷や汗が流れるのを感じる。
ふと志麻さんと目が合って慌てて逸らそうとするも、そのまま話始めたので視線が動く事は無かった。
志「御馳走様、態々作って貰ってごめんな?」
『いえ、此方こそ率直な感想を頂けて嬉しい限りです』
志「ほんまええ子やなぁ。…とまぁ茶番が終わった所で本題に入りたいんやけど」
室内にひんやりとした空気が流れる。
志「ここに来たのはAちゃんに少し聞きたい事があったからなんよ。教えてくれへん?あの時何があったのか」
『あ、あの時とは…?』
志「とぼける必要はないで」
ドンと壁に追い詰められ、冷たく細められたアメジストの瞳が私の両目を捉えて離さない。
志「誘拐されたあの時の事、本当は覚えてるんやろ?覚えてないフリしてるけど隠せてないもんな」
『な、なにを…』
志「特に俺への態度が一番分かりやすい。あかんやろ?そんな顔に出しちゃ」
『……ンムグッ』
そう言うと志麻さんは私の顔を掴み、もう片方の手に持つ怪しげな薬を飲まそうと近づけてくる。
懸命な足掻きも一瞬で片付けられ、いよいよ口を開けられた私はその怪しげな薬を口に含み、ゴクンと飲み込んでしまった。
白い光が目の前でパチパチと輝き、視界が徐々に掠れていく。
こんな事になるなら居留守使えば良かった…
薄れ行く意識の中、そんな事を思うのだった。
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作成日時:2022年1月17日 5時