はるがとお ページ26
─
「………………嫌いだよ。
私はアンタが、大嫌いだ。」
母さんと出逢って愛し合って、一人の人間を産み出すことになって尚、
闇から抜け出すことを選ばなかった、出来なかったアンタなんか。
母さんを悩ませて苦しませて、抱え込ませたアンタなんか。
さっきまでの全部を塗り潰すように、手繰り寄せた糸を引き千切るように。
断別の言葉を絞り出す。
ざらつく手のひらを見ると、赤黒い錆がこびりついていた。
そのついでに時計を見ると、そろそろ帰らないと不審に思われる時刻。
「帰るんですか？」
「そ。進学のための家出る準備とかは進んでるけど、他にも色々とあるんだよ」
「…………、」
一度きりの、よく考えれば不自然だけど、一番親子らしい会話をしてから背を向けた。
「…………。」
檻の中にある窓から射す日が描き出す、影との境目の手前で立ち止まる。
「………………なあ。」
幾らアンタが、Ifを無意味と言ったとて。
「自分の中で勝手に思うだけなら、自由だろ？」
声が返るのを期待はしなかった。
再びローファーを踏み出して、扉に向かって。
一度も、振り返りはしなかった。
＊
＊＊
許可証を受付に返して自動ドアを抜け、家の方面に足を向けた。
すぐ近くの堤防には並木道。
満開の桜の木が梢をざわめかせている。
……此処に来て、特に何かが変わった訳でも、得られた訳でもなかったと思う。
けど、それで良い。
私にとってたった一人のあの人に、逢って、話がしたかっただけなんだ。
今度、此処に来るときは。
桜の紋章を背負って。
「………………、
見てろよ、父さん
」
ざあっ。
春一番に拐われていった言葉を見送って。
「…………よしッ」
背筋を伸ばし、澄んだ春の息吹を吸い込み、
母さんとばあちゃんが待つ我が家へ、歩きだした。
FIN
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作者名：camellia | 作成日時：2021年3月10日 9時
