くもがふたつ ページ25
─
「年収が安定してる公務員なこと。
法律的にも物理的にも身を護る術が、必然的に身に付けられること。
女でものし上がれる世界であること。」
「実績と実力が無いと出来ませんよ？」
「無いと思ってんの？」
間髪を容れず返ってきた自信に溢れた言葉に、やはりあの人の娘だと悟る高遠。
「、────────」
続けて口を開いたかと思えば、また肺の中の空気を全部出すほどの溜息が吐かれる。
「……思い上がるな、なんて言ったけど。
やっぱりアンタに通じちまってんだよな、」
あるんだよ。
アンタの存在を知ってから、小指の先くらいだけど抱くようになった想いが。
ホント腹立つ、とやや理不尽なその後。
目を閉じて、コンクリートの空を仰いだ。
「…………ありがとう。」
「……！！」
高遠は、目を見開いた。
落とされた言葉以上に、その声音に。
今まで語りかけていたそれとは雲泥の差の、棘を全て取り除いた柔らかな。
そのまま遙香は、続けた。
格子以上に父と娘の間を隔てる透明な壁を前に。
「……母さんと出逢って、私をこの世に送り出してくれたことは、
その唯一つだけは、貴方に感謝してる、から」
引き絞るように結ばれた唇。
母と瓜二つの青い瞳から弾けそうになった滴を、左手の甲で消し去った弾みで。
棒に収まりきらない指先が檻の向こうへと軌跡を描いた。
似た形の指の腹と手のひらが掠め合う。
─────────もしも。
水底から望む光のように微かな懇願を、零す。
「…………もしも、さ」
「Ifの話は無意味ですよ。
幾ら繰り返したところで、現状が変わることは無いんですから」
ハッと、弾かれたように遙香の顔が上がる。
「…………だよな。」
血の匂いを纏うそれから手を離し。
悲しみに似た何かをすげ替えて再び現れたのは、挑発的な笑み。
どこか絶望の色も宿した。
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作者名：camellia | 作成日時：2021年3月10日 9時
