こはるがやっつ ページ18
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「遙香」
翌朝。
休日で、ゆっくり母さんお手製のピザトーストを咀嚼していた私に、工房に出かけようとしてる母さんが言った。
「もう、読んだか?」
ファイルは、机の上に移動させたまま開いていなかった。
「………………まだ」
一応、読む意思があることは伝えておく。
靴を履く手前で止まった母さんが言った。
「────────遙香。
これだけは言わせてほしい。
私とお前の父さんは、本当に愛し合ってた。
だから遙香が産まれたんだよ」
シャラ。
小さな涼やかな音が鳴る。
光沢が少し褪せたゴールドチェーンのブレスレット。
ああ。
って、瞬間的に直感した。
母さんが大事にしているアクセサリーは、二つあった。
この前知った指環とは他に、シンプルな真珠のネックレス以外に、二つ。
取って置きの時につけるサファイアのネックレス……亡くなった親友に貰ったと言ってたものと、
私が物心ついた時から肌身離さずその手首に揺れている。
その人からの、贈り物だったんだ。
「…………今も、好きなの?」
細い声で問い返せば、一瞬驚いた色を見せた瞳が、直ぐに暖かな光で満ちた。
「…………うん。
ずっと、愛してる。多分これからもな。
……んじゃ、行ってきます」
「ん、行ってらっしゃい」
照れ隠しみたいに玄関を出た母さんを見送った。
食べ終えて食器を片付け、2階へ上がる。
ファイルを一旦押し退け、明後日の学校の準備をした。
時間割を見ながら一つずつ教科を揃えて、連絡帳を見直して硬筆に使う鉛筆をしっかり用意して、出ていた宿題のノートもペラペラと流し見して通学鞄の一番手前に入れた。
…………場合によったら、何も出来なくなるかもしれないから。
今日明日とそれを受け止める時間に費やしてもなお、出来なくても、明後日からは何事もなかったかのように学校に向かわなければいけないから。
何にも、誰にも悟らせないようにしなければならないから。
給食に使うセットまで完璧に準備を終えて、テストよりも緊張した心持ちで机に向かう。
青いプラスチックの表紙を、両手で起こした。
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作者名:camellia | 作成日時:2021年3月10日 9時