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それからというもの、といってもほんの数ヶ月程度の話だけれど、ムラサキさんたちと過ごす日々は実に充実していた。ボクは「奴ら」や境界のことを教わったり、人間たちの暮らしや他の都市伝説の噂を聞かせてもらったり……自分がヒトに恐れられる怪異だということさえ忘れてしまいそうなくらい、楽しかった。
それでも、ボクはどこか満たされないでいた。
ムラサキさんと違って、ボクには契約というものがなかったからだ。
当時の入鹿島では、ニ宮家の者は一人ひとつ紫の鏡を持ち、当主となる者がそれを依代に紫ババアと契約して境界標の務めを全うする……というのが慣わしだった。
部外者であったボクには契約するような相手もなかったし、そのせいで「奴ら」と戦い皆の助けになることもできなかった。ただ、自分が無力であることへの負い目以上に、「契約」そのものへの憧れがあった。
紫ババアというのは、厠に突然出てきて紫のものを持っていないと生肝を奪っていく恐ろしい存在と語られている。
でも、ムラサキさんはそんな噂などどこ吹く風とばかりに人間たちと仲良くしていた。契約を結ぶことでヒトの社会に受け入れられるのだ！
ボクにはそれが心底羨ましかった。穢れた場所に住まいヒトを襲うばかりの都市伝説であっても「そこに存在すること」を許されるのかと、「ここに在る理由」を得られるのかと。
契約者である洋輔が依代たる紫鏡を掲げれば、美しい紫の着物を纏い妖艶な姿を見せる彼女が扇子片手に現れ異界からの来訪者を薙ぎ倒していく……その姿はどんな生物よりも生き生きとして見えた。
ボクはニ宮家の人々に「ボクも契約してムラサキさんみたいに戦いたい！」とねだってみた。けれど、
「心意気は嬉しいけど、アンタじゃ力不足かネェ」
「この職務はきみが思うよりずっと危険なものなんだ。矢面に立つのは私一人で十分だよ」
と断られてしまった。
契約しないのなら何のためにボクをここへ置いてるんだ、と言ってはみたものの、それでも彼らは首を横に振るばかりだった。
今思えば、それは彼らの優しさのせいでもあり、幼かったボクに誰かの命を背負わせるのはまだ早かったからでもあるのだろうけれど……
そんなことも知らないですっかり拗ねてしまったボクは、居候していた屋敷を飛び出した。
その日の夜、忘れ難い事件が起こった。
確か、重陽の節句の頃だったはず……
ラッキーカラー
あずきいろ
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