圊のカミサマ ページ3
無限にビルが建ち並ぶこの世界だが、人間が暮らしていた痕跡と呼べるようなものはかけらもない。家具や日用品はおろか、そもそもキッチンだとか風呂場のような、人間が生きているのであれば建物内に最低限用意されているべきであろうものさえ何一つ無いのだ。
きっと聞いても無駄なのでだろうと思いながらも、ボクはこの場所の案内人に尋ねてみた。
「あのさ……ココってトイレとか無いの？」
「無い、と思うけど。行きたいの？」
「イヤ、行きたいって言うか……うん、まぁ、ある意味では行きたいってことになるのかもしれないけどそういうわけでもなくて……」
はて、ボクの中に渦巻く感情をどう伝えれば良いものか。
そもそもボクは長年「トイレに出てくるオバケ」で通ってきている身なのだ。自然とトイレに居るほうが落ち着くというのも自然なことであろう。しかし、彼女は「場所そのもの」であるが故に特定の家財や場所に固執する必要はない。元々頭の回転が速いほうでは無いのも相まって、この感覚は通じづらいのではなかろうか……
「なんていうか、ボクって元々トイレで出てくるタイプの都市伝説じゃない？」
「うん」
「だから、たとえトイレとして使ってくれるヒトが居なくてもトイレにいるだけで安心するというか、ボクの赤マントとしてのアイデンティティが守られるというか……ともかく、こういうだだっ広い何も無いトコよりは狭いトコの方が好きなんだよナ」
「そうなんだ」
いつも通りの返答に逆に安心感さえ覚えてきた。
流石に無いよナァ、とこぼしかけたところ、珍しく彼女の方から口を開いてきた。
「トイレの神様と知り合いだったりする？」
「……神様ってのはわりとどこにでも居るモノだけど」
「トイレを綺麗に使ってたら、美人さんにしてくれるんだって」
「よくそんな古いネタ覚えてるナ……」
「かれんさまが言ってた」
忘れっぽいことに定評のある彼女が十数年前のネタを出して来たことに驚いたが、かれんさまが噂の出所であれば納得だ。あのヒトは時間感覚がかなり人間と乖離しているので、この程度なら平気で最近の若者についていけているつもりで話すだろう。
「もう人間の間じゃ流行ってないよ、それ」
「トイレの神様……忘れられたんだ」
「まだ覚えてるヒトもいるかもしれないけど、忘れたヒトの方が多いだろうナ」
「……そっか」
そう言った彼女の横顔はどこか寂しげだった。
「ンー……トイレに出るオバケって結構多いんだよナ」
ラッキーカラー
あずきいろ
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