名もなき者 ページ17
ボクは見知らぬ少女に抱きついたまま泣いていた。
彼女の真っ赤な傘の下、とめどなく溢れてくる涙が彼女のマフラーを濡らしていく。自分を認知してくれる存在と出会えた嬉しさと安堵がボクの中に満ち満ちていた。
「……落ち着いた？」
ひとしきり泣き尽くした頃、彼女に声をかけられボクは我に返った。偉丈夫と言っていいくらいの体格の大人の男が、こんな年端もいかない少女に縋りついて泣いていた……と思うと途端に気恥ずかしくなり、さっと彼女から離れた。
ひんやりとした霧雨がボクの頭を冷やしてくれる。
「……どうしたの？」
「イヤ、その……ごめん、急に抱きついて……大人げなくぴーぴー泣いて……」
もごもごとボクが口籠もっていると、彼女は柔らかく微笑んだ。
「いいんだよ。あなたがすっきりしたみたいでよかった」
「……なら、いいけど……」
こんなボクに優しくしてくれるなんて、素敵な子だ。
何故ボクを見つけてくれたのだろう。そもそも、何故ボクらはこんなところに？
「……そういえば、まだお互い自己紹介してなかったね。ボクは……」
彼女のことを聞くならば、先に自分から名乗るのが礼儀だろうと思ったのだが、何故か自分の名前が出てこない。ボクには大切な仲間がいて、彼らのもとに帰らなければならない……それははっきりと分かるのだが、不思議なことにそれ以外のことがとんと思い出せない。
何か自分について分かるものがないかと見てみると、羽織っている色褪せた赤いマントが目についた。
「……赤マントとでも呼んでよ。赤いマントのお兄さんだから」
「……赤マント、さん」
ぽつりと彼女が復唱する声に、なんだか胸の辺りがぽかぽかする。不思議な感覚だ。
「キミのことはなんて呼べばいいかな。何故ここにいるの？」
「わたしは、ここの案内人だよ。みんなからは『案内人』って呼ばれてる」
「案内人、かぁ……」
個人名は無いのだろうか？
ボクに言えた話ではないが……
「わたしはずっと、ここに迷い込んだ人を出口に案内してるんだ。ここに長くいたら、帰れなくなっちゃう」
「嘘！？それならこんなところで話し込んでる場合じゃないじゃないか……早く出口に行かないと……」
「……うん、分かった。案内するから着いてきて」
案内人は腕を伸ばしてボクの手を握ると、ゆっくり手を引っ張って歩き始めた。図体の大きいボクは傘に入れなかったけれど、彼女と手を繋いでいると不思議と寒くはなかった。
ラッキーカラー
あずきいろ
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 9人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
