忘却の雨 ページ2
ふらふらと当てもなくビル街の中を彷徨ってみても、やはり景色は変わらない。見飽きた瓦礫の向こうから、見慣れた赤い傘がやってくる。
「今日は、ここにいたんだ」
「今日も会いに来たんだ？……飽きないナ、キミも」
彼女はそれが自分のルーティンワークなのだとでも言うように、こちらに赤い傘を差し伸べる。延々と降り続く雨を吸ってぐっしょりと重く濡れたボクのマントには傘なんて差しても無意味だというのに、それでも彼女はボクを傘の下に入れようとする。
「ここはずっと変わらない、キミも含めてすべてが」
「……うん、そうだよ。わたしはずっと変わらない」
相変わらず、中身のあるようでない会話だ。彼女はいつだってこの雨の中、変化を拒むこの世界と同様に何かを記憶したり、新しいことを考えることさえ諦めてしまったらしい。
それでも、彼女の隣にいるのに無言のままでいるというのはどうにも耐え難くて、ボクは彼女に意味もなく質問を投げかける。
「そういえばさ、『今日は』ここに居たんだ、って言ってたけど……昨日ボクがどこに居たか覚えてるってこと？」
「……そうかな……たぶん、そうかも。わたしはなんでもすぐ忘れちゃうけど、区域の中にあるモノのことはちゃんと分かってるから」
「適当に言ってない？」
「……かもしれない」
生気の感じられない、正しく人の理から外れた存在とでも言うべき彼女の頬は、薄く柔らかな唇が動くのに合わせて微かに揺れる。全く人間味を帯びていない、という点ではボクと似たモノであるのだろう。けれど、ボクと彼女は全く異なる存在なのだ。
「ボクは、ボクが昨日どの辺で何してたかちゃんと覚えてるよ。だってボクは都市伝説だからナ！キミの雨に打たれたって、キミのことも他のみんなのことだってしーっかり覚えてるからナ！」
「……ずっと変わらないままだったら、ここにいる意味が無いんだけどな」
「……ごめんね、しぶといヤツで」
やっぱり、ボクはどこか異質なモノなのだろう。
しとしとと雨の降り続く中、ぽつりと彼女の声がした。
「でも、そうやって生に執着してるというか、諦めが悪い……なんだろう、誰よりも強い願いを持ってるのは、なんだか羨ましいな」
「そうかナ？」
「そうだよ」
彼女の傘を閉じればこの世界の「外」に出られるらしい。
そうすれば、ボクはこの雨に溶かされ消えてしまうこともなく、何事もない日常に戻れるだろう。
消えたくはない。
けれど、彼女の側に居たい。
ラッキーカラー
あずきいろ
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