花が咲く頃に【wrwrd】 (ページ32)

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『……えっ？』

少し冷たい大きな手が、私の頬を包み込んだ。
耳元で聴こえるその声は、ずっと昔に聞いた懐かしい声にそっくりで思わず息を飲む。
くすくすと楽しげに笑う背後の彼。彼が誰かなんて、考えなくてもすぐわかった。

『…チー、ノ…？』
「ただいま。久しぶりやな」

薬指にするりとはめられるのは不格好な花の指輪。小さな紫色の花弁は私が仏壇に添えたものと全く同じで、こんな状況なのに私はつい笑ってしまった。

『ふふ、…そっか。考えてること、一緒だったんだね』
「せやな」
『………おかえり、チーノ』
「…ただいま」

何があったかなんて聞かない。どうして2年間も姿をくらませてたのかだって聞いたりしない。聞いたって過去がくつがえる訳では無いし、ここにこうやって戻ってきてくれたという事実が何よりも重要なのだと私は知っているから。

「すまん。時間がないんや。俺は今から他の国に行かなあかん。…そこの国の幹部になったんや」
『…うん』
「引き抜かれてな。裏切り者ってことでこの国では手配書まで書かれる始末で…。ここに長居しとるとAにも迷惑かけるし、このあとも色々厄介なことになって…。だからすぐ国に行かなあかんくて…」
『…うん』
「……だからな…」

そう言葉を切ったかと思えば、ずい、と手を差し出される。
手を差し伸べる彼の瞳には、僅かな恐怖が滲んでいた。

何を言いたいかなんて言われなくてもわかる。
彼のことなら何でも知ってるつもりだから。
だけど私は、彼がその言葉を告げてくるまで、何も言わずにじっと彼を見つめ続けた。

「……俺と、一緒に来てくれへん？」

そう言った彼がふにゃりと頼りなく笑う。
仏壇に飾られたスターチスの花弁が、風にのせられ空を舞った。
少しだけ顔つきの変わった彼に思わず見惚れる。

『…もちろん。喜んで』

私に、彼の手を取らない選択肢なんてない。
迷うことなく伸ばした手は、彼の掌に強く包まれた。

スターチス。花言葉は、変わらぬ心。

いつまでも、どんな時でも、私の心は変わりません。