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結局仕事が片付かなくてオフィスを出たのは21時を過ぎていた。
河村は私を急かすわけでもなく、文句も言わず、ただ自分の仕事をこなして待っていてくれた。
「遅くなってごめん」
「いや、僕もやりたいことやれたし」
生暖かい風が頬を撫でる。
金曜日ということもあって街は賑やかだ。
駅前の居酒屋を覗くとすでに満席だった。
「ねぇ、河村。よかったらうちで飲まない?近いし」
「一人暮らしのくせに男を家にあげてもいいのか」
そんなことを気にするのかと思ったらなんだか可笑しくて笑ってしまった。
「だって河村だし」
「……じゃあお言葉に甘えることにするよ」
河村も笑ってそう答えたけど、その笑顔がどことなく寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。
コンビニで適当に酒とつまみを買って帰宅した。
今朝はバタバタしていたのもあって少し散らかっていたけれど、見られて困るような物はないはず。
「ごめん、散らかってるけどその辺座って。あ、チーズあるけど食べる?」
「あぁ、うん。ありがとう」
買ってきたつまみをテーブルに並べて私も腰をおろした。
缶ビールで乾杯する。
テレビを付けて面白くもないバラエティ番組を二人で眺めた。
こんな時間になっても鳴らないLINEの通知音。
流石に既読は付いただろうか、なんてぼんやり考える。
明日から3連休だけど、デートの約束はない。
付き合い始めはそんな約束なくとも当たり前に一緒に週末を過ごしていたけれど、今は違う。
「河村はさ」
「うん」
「彼女よりも好きな人が出来たらどうする?」
人の気持ちに永遠なんてなくて、変わっていくのは自然なことだから仕方がない。
そんなことはわかっているけど、やっぱり一人置いてけぼりにされたようで悲しい。
「僕にはわからないよ。でも……いや、なんでもない」
河村は何か言いかけたけれど、その言葉をビールで流し込んでしまった。
言ってよ、黙らないでよって言いたかったのに言えなくて私もビールを飲む。
テレビから最近彼が口ずさむ流行りの曲が流れてきて、あぁ、こんなの前だったら絶対聴かなかったくせにって思ったら視界がぼやけた。
彼が好きなものはなんだって好きだった。
なのに、この曲だけは好きになれそうにないよ。
震える肩をそっと抱き寄せてくれた河村に身を預ける。
河村は何も言わない。
ただ子供でもあやすように私の頭を優しくなでた。
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作者名:ももりん | 作成日時:2020年5月30日 18時