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「じゃあお先に」
「はーい、お疲れ様でしたー」
山本さんが仕事を終えて出ていくと、オフィスには俺とAの二人だけになった。
カタカタとキーボードを叩く音がなる方に目をやれば、まだ見慣れないショートヘア姿のAが真剣にパソコンの画面を見つめていた。
謝りたいのになかなか切り出せなくて何度も時計を見ては一人で焦る。
「……あのさ」
「ん?」
「朝はごめん。その、悪気はなくて」
二人きりになって、長針が時計を半周した頃やっと言えた謝罪の言葉にAは笑った。
「別にいいよ。気にしてないし」
短い髪が揺れる。
思ったとおりよく似合っていて胸が苦しくなった。
「それ、すごく似合ってる」
悔しいくらいに、なんて言えるはずもなくて。
「そう?ありがとう。
さて、私もそろそろ帰ろうかな。航平も無理しすぎないようにね。お疲れ様」
Aは立ち上がって手をひらひらと振った。
バタンと扉が閉まって、一人きりになったオフィスにエアコンの稼働音と秒針が時を刻む音が響く中、彼女のデスクをぼんやり見つめた。
好きだよ、今でも。
だから、今更その髪型で目の前にいられると泣きそうになってしまう。
だってAにはあの頃の俺よりもずっとずっと好きな相手がいるんだって嫌でも思い知らされるから。
スマホのフォルダに奥深く眠っているロングヘア姿のAの写真を、俺はまだ消せそうにない。
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作者名:ももりん | 作成日時:2020年5月30日 18時