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「ちょ、河村。いれすぎだって」
「え、あぁ……」
お湯がマグカップの縁、ギリギリのところでAが言った。
反射神経が良くない僕は見事にインスタントコーヒーを溢れさせた。
さっき福良に言われたことが何度も脳内で反芻されて、給湯室でAと二人になった今、変に意識してぼんやりしてしまった。
ぼさっとしている僕と違って彼女はさっと布巾を取って黒い液体を吸わせる。
「火傷とかしてない?」
「いや、」
「そう。何、最近疲れてんの?」
無愛想に、でも心配そうにそう言ったAはやっぱり綺麗だった。
「Aさ、なんか綺麗になった」
「は?」
「彼氏でも出来たの?」
いつもみたいに茶化すようにそう言ったのに、僕の胸は何故かチクリと痛む。
その痛みに戸惑いを隠せないまま、彼女の顔を見たら呆れ返った顔で僕を見ていた。
「河村さぁ、小学生みたいだよね」
「……は?」
Aは冷めた布巾を流しで洗う。
コーヒー色だったそれはみるみると白くなっていくけれど、それでも元の白さには戻れない。
「ほら、小学生の男の子って好きな子にちょっかいだしてさ。泣かせたりしちゃって。
それで嫌われちゃうじゃん」
ふっと、笑ったA。
その横顔を見ながら僕は妙に冷静にこれは“恋”だったのかと納得した。
人から指摘されるほどにわかりやすいのに自覚がなかったなんて、と苦笑いするとAは「で、でも」と目を逸らして頬を赤らめてもごもごとしだした。
「……まぁ、私は大人だからちょっかいだされたって嫌いになんかならないけど?」
照れを隠すような強気なその笑みはいかにもAらしいけれど。
「じょあ、今夜食事でもどう?」
「……いいけど」
本当は“好きだよ”なんて面と向かって言われたいと思っている乙女な一面があるって知っているんだ。
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作者名:ももりん | 作成日時:2020年5月30日 18時