嘘像 ページ3
乙米「遅いじゃない。」
『喪服が見つからなかったもので、ごめんなさい。』
俺はそう笑いかけながら言って、用意された場所に座る。
呼ばれた部屋に入れば、すでに全員揃っていた。
いや、時麿がまだか……
流し目で参加者を観察していると、遺書を持った中年の男の隣に、スーツ姿の男がいた。
見慣れない男だった。
時弥「あ、A兄！」
見知らぬ人物に気を取られていると、時弥が目を輝かせて名前を呼んだ。
この空気では無闇に喋れない。
俺は優しく微笑んで時弥に答えた。
沙代「Aくん、あの方は水木様。私がさっき言った方よ。」ｺｿｯ
そう沙代姉は耳打ちしてくれた。
説明されて再度水木に目を向けると、今度は目が合った。
左目に傷があり、左耳も少し欠けている。
暫くして、相変わらず妙な格好をした時麿が出席して全員が揃った。
「それでは、龍賀時貞様の遺言書を読ませていただきます。」
この集まりは、死んだ時貞の遺産相続の話。
あの性根の腐った爺さんだ、遺書を開かずとも内容はわかる。
精神的に不安定な長男の時麿、龍賀製薬社長の次男の克典、どちらが次期当主を継ぐか…….
それは時麿だ。
いくら時貞からの信頼が厚かった克典でも、龍賀家の血を引いていない。
結局全ての決定権は龍賀家の血筋を引いた人物にある。
それを読み上げると、そのあとは大乱闘だった。
金、地位、名誉、我こそ相応しいと群がっていく。
弱い人間にはこんなお飾りがないと怖いんだ。
取っ組み合いに巻き込まれないよう後ろに下がると、ちょうど水木の隣に着いた。
驚きを隠せない水木に俺は一声かけた。
『残念そうですね、水木さん。』
水木「え…あ、アナタは？」
『俺はAと言います。この家には養子として迎えられました。』
水木も俺のことが気がかりだったみたいだ。
その時だった。
突然時麿が泣き喚き、時貞の遺影に縋りよった。
号泣したかと思えば放心し、その刹那に地響きが起こる。
その場の全員の顔が恐怖の色に染まった。
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