言えど叶わず ページ11
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目の前を漂う紫煙に降谷はいつぞやの会話を思い出していた。
甘美で鼻に溶け込むようなバニラの香り。燻る煙と真反対のそれに、顔をしかめながら遅歩でやってくる渋いニコチン、タール、および一酸化炭素を代表とする70種類以上の発癌物質を含む匂いに眉を潜める。
降谷にとって、匂いで気付いてしまった自分が、なおのこと憎かった。
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「赤井捜査官。ここは禁煙です。滞在して何ヵ月目ですか」
「喫煙室にたぬき達がいた。最高級ディナーもあいつらの前じゃ残飯に早変わりだ」
悪びれたようすもなく、翡翠の目は細められた。
ぷかーん。ふわふわ。
左手の人差し指と中指。深めに挟まれていた煙草を奪い取り、じゃり、と灰皿に押し付けたのは紛れもない降谷だった。
男はやれやれと肩をすくめて胸ポケットに煙草の箱を収める。
立ち上がった彼の両足は、東都タワーのように長く細い。輝きを閉じ込めきったような
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降谷の横で意地悪く笑う男もとい赤井秀一は、組織壊滅の片棒を担いだFBIのエース格である。
組織ではライの名を受け、バーボンとはある意味よい仲であった。
名ばかりの和解をしたのは、共同戦線を張ると決まった日。初めて酒を酌み交わしたのは、組織が壊滅した直後。
降谷がスコッチのすべてを知った日。涙は枯れることが無いと身を持って実感した日だ。今では、ふたりで飲みに行けるくらいの仲にはなった。
「猫を飼い慣らしたんです。同じ哺乳類の狸も容易いことなのでは？」
「それじゃあ俺はライオンとも友達になれるな」
「ええ、うちの猫を手懐けるよりは簡単です」
「人聞きの悪い」
「あなたは体裁の悪いことをもっとたくさんしてますから」
噛みつき合う仲であることには変わりないが。
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作者名：ハル | 作成日時：2021年9月16日 19時
