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「Aさんは、どうしてそんなに物知りなんですか?」
キラキラとした瞳を向けるのは光彦で、Aはその質問にカップを置く手が動揺の色を見せた。
しかし、子供たちに何も悟られぬよう、いつもの柔い微笑みを貼り付けた。
『学生の時に付き合ってた彼が、ぜんぶ教えてくれたの』
“ A ”
彼の名前を呼ぶ声が、頭の中で蘇った。
全部受け売りだよ、と付け加えた後、何かを掻き消すようにココアを流し込んだ。まだ熱さの残るそれは、喉をピリピリと火傷させた。
「それを全部覚えてるってことは、Aさんにとって大切な人だったんだね」
ぽつり。ポアロの上階に住む少年江戸川コナンがそんなことを言った。
ハッとさせられた。瞬きすら、覚束なかった。
「もしかして、その彼氏さんって今の旦那さんっ?」
無邪気な声をあげた歩美が、Aの左手薬指に光る銀の環を指差した。
宝石ひとつついていないシンプルな銀の鎖。無意識のうちに幸せを振り撒き、重たい未来を誓約する魔法の指輪。
指輪を一撫でしたAは、曖昧に笑った。
『‥‥‥‥違うよ、』
絞り出した声。焼き付いた喉が痛かった。
「もう歩美ちゃん、違いますよ。正確には、婚約者です。Aさんは今、プロポーズ保留中なんですから!」
光彦くんの的確な補いに、フォローになってないよ、と笑い飛ばす。
ジュクジュクと音を立てるように抉られる胸は、もっと痛かった。
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作者名:ハル | 作成日時:2021年9月12日 0時