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『クソ不っ味、』
女は言葉を吐き出した。
駅からはかなり離れている。人通りも少ない裏道。かね折れ階段を降り、金属製の扉を開けた先に広がる地下フロア。時代を感じさせる暗めの漆喰壁。
店内にはカウンター席が8客。ボックス席が3つほどあるが、店内が満席になることはまず無い。
照明は基本的に一定感覚にあるスポットライトのみで適度に薄暗い。
女がいるのは、ひっそりと構えられたショットバーだ。
バックバーにあるウイスキーやリキュールの瓶は店内の僅かな光に反射し、趣を出している。
店内に流れるしんとした空気を阻害しない程度に女が吐き出した言葉は、バーテンダーには確かに聞こえていた。
まだ酒は飲んでない。
彼女が口にしたのは、煙草だ。
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カウンター席の真ん中。店のほぼ中心に腰を下ろした彼女は、ゴールドのJマークの輝く鞄から、早々と未開封のラベルのついた煙草を取り出した。
ライターで火をつけるまで、慣れたようではあったが、この様子では煙草が好きと言うわけではないらしい。
酒を注文しない女を、バーテンダーは特に気にかけることはなかった。後ろのボックス席にいた男は、一度女に視線を向けたが、それからはそんな存在は視界に入らないのかごとく酒を煽っている。
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煙草をとんとんと人差し指で軽く突つき、灰を落とし、再度薄い唇の間にくわえた。額に皺を寄せた女は、顔をしかめて吸い口を噛み、ため息と共に口の中に残っていた煙を全て吐き出した。
そして、しばらくまっすぐ立ち上る紫煙を眺めていた。
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作者名:ハル | 作成日時:2021年9月12日 0時