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ーカチッ
ようやくその音がして、視界の隅でぼんやりとオレンジ色の光が揺れた。瞬く間に消えて、あたりはまた一瞬にして暗闇に包まれる。男の吐息が聞こえて、煙草を吸い始めことは分かったが、その煙すら互いには見えない。
女は、そんなに警戒されてたのかと息を吐いたが、急に話しかけておいて無理もないかと少し口角を上げる。
「助かった。返すぞ」
ひゅんっ、と暗闇から自前のライターが返ってくる。100円均一で束で売られていた安物だが、律儀に自分の手元に返ってきたことに驚く。
無視されるままに、パクられるかもしれないと思っていたからだ。
男の声は思っていたより、低くて渋い声だった。馴れ馴れしく話しかけたが、もしやかなりの年上だったかと思案したが、どうせ二度と会うことないだろうと水に流すことにした。
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崩れかけそうな灰を人差し指で落とした時、ハッとしてしまう自分がいた。
鼻を擽る、独特の薫り。数年前の自分なら、きっと毛嫌いしていたもの。
流れてくる煙の薫りは、きっと年老いても忘れることはできないだろう。
『オニーサン。どキツイ煙草吸ってるんだね』
『私の好きな
思わず漏らした言葉も、もちろん男からの返事はない。
その代わり、さっきよりも強く濃くその匂いが漂ってきた。
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Aが2本目に手をかけたとき、離れていく靴音がしてそちらに視線を動かした。姿は見えないが、きっと一服終えた男は去っていくのだろう。
見えもしない、知りもしない背中に女は声をかけた。
『次吸う時は、私にマッチ一本ちょうだいね』
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作者名:ハル | 作成日時:2021年9月12日 0時