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「秀樹さん、口元ついてますよ」
「え」
手を伸ばす間もなく壮真によって口元が拭われる。
斜め向かいからふふっと笑い声が聞こえてきた。
「本当に仲良しだね〜どっちが年上かわかんないよ」
ふわふわとした笑みを浮かべてAがそう呟く。
こいつ酔うとこんな風になるんだな…
その後も他愛ない話をして酒を酌み交わす。
日本代表の試合くらいしか見ないと言ってただけあって、Aは辛うじて野球のルールが入ってる程度だったので、壮真とふたりでスワローズについて色々教えてあげた。
「ね、まだ試合ある?私行ってみたい」
「まだ数試合ありますよ。よかったら招待します」
「え、壮真?」
またも彼女に対して積極的な言動に引っ掛かりを覚える。
「いいの?」
「いやそれ大丈夫なの?」
「友人招待してる人とかいるじゃないですか。それと同じです」
壮真の言葉に彼女が、そっか、私友達か、と嬉しそうに綻んだ。
「でも寮の近くでこうやって落ち着いて飲めるのは有難いです」
「そうなの?」
「この間秀樹さんと食事行ったらファンの方と遭遇しちゃって…その店しばらく行けなくなっちゃったので」
壮真の言葉に、あー、と記憶を引き出す。
プライベートで来てるのにめっちゃサインとか求められたことあったそういや…
彼女のように俺たちのことを全然知らない人もいれば、プライベートまで追ってくるファンもいるんだよなというのを思い知らされる。
ああいうのは正直店に迷惑がかかるのでやめてほしいと思った。
「でもそういうのってさーお店にも内山くんたちにも迷惑だよねー」
相変わらずふわふわした物言いだが、倫理観がしっかりしていることに少し安堵する。
「あ、Aさん、名前、壮真でいいですよ。俺年下ですし」
まただ。この彼女に対する積極的な姿勢は無自覚なのだろうか。
「うーんまぁ慣れてきたら考えるー」
「はい、いつでも」
壮真の声音が優しすぎてびっくりしたけれど、声に出さないように気を使った。
「ふたりの寮ってここから近いんでしょ?」
「え、うんまぁ」
「じゃあ何時でもおいでよ私一人暮らしで暇してるし」
「いいんですか?」
「仲良くしてくれて嬉しいからさ居酒屋代わりにでもしてよ。お休みの日とかみんなで飲も?」
Aの誘いに壮真は嬉しそうだが、俺はちょっと複雑な心境を抱える。
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作者名:星見杏世 | 作成日時:2023年10月8日 3時