▼ ページ19
．
「―――Aさん！良かったら、相席、どう？」
ほぼ無意識の内に席から立ち上がり、右手を上げて恐る恐る困り顔の彼女にそう言えば、驚きを孕んだ少しの沈黙の後、初めて聞くような小さな声の「お言葉に甘えて」が返ってきた。それが何故だが凄く嬉しく感じて、マスクの下で笑みを浮かべながら、彼女を手招きする。
幾ら壁を感じるとは言え、一応彼女は俺の後輩なのだ。こうして頼られれば、大抵の人間は嬉しいと感じる筈。
今だけは向けられる感情に鈍感なふりをして、そっと手元に置いていたメニューを差し出した。
「今日は」
「っ……は、い」
怯えたようにこちらへ視線を寄越してくるAさんに一つ苦笑して、努めて声音を柔らかくすることを心がけながら、話を続ける。
「大学とか、その辺？」
「……そう、です。必修の講義があったので、それに」
「そっか」
俺からそれなりの勇気を持って投げた話題も、すぐに途切れる。今日までのつけが回ってきたのだろうか。他の人間と対話するときよりも明らかに挙動不審な彼女に首を捻って、なんとか話題を繋げようと思考を巡らせる。
こういう時、女性は一体どういう会話を望んでいるのだろうか。
俺の周りに居る女性が少しばかり変わった人が多いからか、いつもは新しく発掘された歴史の話だったり、少し前の企画についてお互いの意見交換をしたりすれば簡単に話題は続いていくのだが、大抵の女性はそんな俺を【仕事人間】と称するだろう。別にそういう訳じゃないんだけど。
かといって踏み行った質問をされることは、相手側が望んでいない。俺と相席することにすら僅かながら抵抗を感じていたのだから、当たり前だとは思うが。
「……あ、の」
「ん？」
結局、各々の注文した品がテーブルに全品並べられるまで会話は無かった。もういっそ対話を図ることを止めようか、と食事だけに意識を向けようとした、その時。意外にも彼女の方が会話を再開してくれた。
「敢えて、ですよね。いつも」
「……敢えて、とは？」
「私と、距離を置いてくださっているの」
くださっている。そのニュアンスが、まるで普段の俺の行動を「ありがたい」と言っているように聞こえて、いや、恐らくその解釈で正しいのだろうが、不思議に思ってもう一度質問を返してしまう。俺にとっては質問であり、答えだが。
．
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 198人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「オリジナル」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
白菜(プロフ) - 名無しさん» まであります。好きってだけではどうしようもないもどかしさや、好きだからこそ想いに蓋をする切なさのようなものを描けていたら良いなと思います。名無しさんを喜ばせることが出来て本当に良かったです！長文大好き人間なので、どうか気にせず是非また送ってください！ (2020年11月12日 22時) (
レス) id: 367472b3a3 (このIDを非表示/違反報告)
白菜(プロフ) - 名無しさん» コメントありがとうございます！図々しいと思い、結局説明文には書かなかったのですが、今回のお話は私の中での理解を深める意味と、もっと多くの人の恋愛の価値観を広げたいと思って執筆しました。誰かにこうして届けることが出来ただけで、私としては全てやりきった感 (2020年11月12日 22時) (レス) id: 367472b3a3 (このIDを非表示/違反報告)
白菜(プロフ) - りんごあめさん» お褒め頂きありがとうございます！デリケートなジャンルの更にデリケートな部分を攻めたお話なので私自身もビクビクしながら上げる決意をしましたが、そう言っていただけて良かったです！ゆっくりにはなりますが更新頑張ります！ (2020年11月12日 22時) (レス) id: 367472b3a3 (このIDを非表示/違反報告)
名無し - 長々と乱文を失礼致しました。もしここまで読んでくださったのなら、本当にありがとうございます。あなたの文章が、世界が、大好きです。白菜さんの今と未来に、幸せがあり続けますように。 (2020年11月11日 20時) (レス) id: 4c7b111d07 (このIDを非表示/違反報告)
名無し - それから、お分かりだとは思うのですが、これはあくまで1ファンの、マイノリティとして生を受けた者の1人の感想であり、当然LGBTs全員の総意ではありません。ただ私が嬉しかったってだけの話なんです。 (2020年11月11日 20時) (レス) id: 4c7b111d07 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
