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「A」
遊びじゃないんだぞ、と目で強く訴える。
「マーカス」
言葉を続けるわけでもない。
ただ名前を呼び返され
相手が真剣に取り合ってないことに
苛立ちを隠せない。こんなに心配しているというのに。こんなに心配するのはAだけだというのに。
「わかったから睨まないでよ。
もう行くわ、とにかく貴方が無事で
本当によかった。退院したら
いつものやるから楽しみにしてて」
いつもの、とは2人の間での
長年変わらない習慣。
どちらかが病院送りになれば
退院したあと労いの意をこめて
好きな銘柄のコーヒーを奢る。
「ああ、楽しみにしてる」
本心でそう返した。
「それまで安静にしててね、
筋肉は鍛えられても歳には勝てないんだから」
ようやくピアースの顔が緩んだのを確認したAはゆっくり扉の方に歩いていく。
「それはお互いさまだろ、
重ねたのはキャリアだけだと思ってるのか？お前ももう若くない」
ピアースの的確な指摘を
背中で受けたことによって
ぴたりと足は止まった。
振り返った顔はいかにも
傷つきましたと言わんばかりに
眉が八の字に下がっている。
「レディーに向かって失礼な。
あーあ、傷ついた。お詫びとして
今度高級レストラン連れてってよね」
「ああ」
ピアースは数回頷き、口角をあげる。
「楽しみにしてるわ」
「俺もだ」
入ってきた時とは対照的にAは
じゃあね、と静かに出て行った。
軽く片手を上げ応えて見送り、
遠のく足音を聞きながら
深いため息を一つついた。
忌々しい機械音が
耳がつんざく程うるさく聞こえるのは
きっともう既に全身全霊で
彼女の存在を切望しているからなのだろう。
恋しい、と口にしても良いのだろうか。
愛したい、と自覚しても良いのだろうか。
答えは決まりきっているのに
諦めきれない女々しさと執着心が
銃弾よりも深く、深く彼を傷つけた。
この傷は、治りそうにない。
天を仰ぎ、中指を立てた後
ピアースはゆっくりと眠りに落ちていった。
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作者名：若松 | 作成日時：2021年9月28日 14時
