私の推しは冷めています。【桃】３

episode15 抜け出せないもの ページ21

ずっと暗闇の中でポツンと俺が立っていた。その俺は今の俺じゃなくて若い頃の俺で、前へ進もうとするのにやっぱり……と躊躇って振り返ってポロッと涙を流す。弱っちー俺。一人で居ることなんて慣れていたのに、そんな俺に光を与えてくれたのは間違いなく幼なじみで初恋のあの子。
　”好き”って自覚してから俺は真っ直ぐあの子だけを追いかけて、あの子が喜ぶだろうことをやってきた。なのに俺はあの子の一番になれなくて、利用されたことを恨めしく思って、だったらあんな奴のことなんて忘れて今度は俺を好きになってくれるファンの為だけに生きようって。アイドル佐久間大介としてだけ生きていこうと決めたけど、一向に俺は暗闇の中から一歩も進み出せずにいた。
　そんな時に現れたのが、自 殺しようとしていた女の子。まじかー、これ見逃したら目覚め最悪だよなぁって思って助けてからあれよあれよと時は過ぎ、俺の中の俺が一歩足を踏み出したのが分かった。



「さ、佐久間君、この手、手は？」
「んー、離したらまた倒れたらやだなって思って。……いや？」

　振り返り見た彼女の顔は真っ赤だった。多分これはお酒のせいじゃない……と思いたい。「や、じゃない」とボソッと言った彼女に気分を良くした俺はお客さんの居ないタクシーを見つけたけど、それに気付かないフリをしてもう少し彼女の熱い手を引いて歩いた。




・



「大介、いつもよりだらしな顔してるわよ」

　なんて言うのは俺の母ちゃん。久しぶりに実家に戻ってみたらこの言われよう。どうなの？

「いつもよりってなにー？」
「ほらこの前テレビで好きな女の子の話してた時、そんな顔してた」
「んなッ！」
「ムーンちゃんが可愛くて仕方ないのね〜」
「あ、そ……そうそう！ ムーンお前ほんと可愛いな！！ はは、ははは！！」

　俺の腕の中でクーン？ と首を傾げた愛犬。ごめんごめん、本当にムーンは可愛いよとヨシヨシと撫でるとご満悦とばかりに目を閉じている。
　姪っ子に会いに来たつもりが、今日は家族でお出かけ中なんだって。目的がなくなったのは残念だけど、せっかくだし少しゆっくりしていこうと思ったのが間違いだった。

「やほ、久しぶりじゃん！」
「……は？」

　だらっとソファに腰掛けている俺の頭上から覗き込んできたのは、俺の嫌な過去を思い出させる張本人だった。
　

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