episode9 ページ10
お礼を書いた手紙を添え、上鳴くんに傘を返してもらうよう三奈に頼んだ。
__傘ありがとう。助かりました。
他にもいろいろ書きたいことがあったが、やめておいた。
今更言い訳にしかならないと思ったから。
この恋は、これで終わりにしよう。
これからまたいつもの日常が戻ってくる。
退屈な日常。
それでも、他人に迷惑をかけるより全然マシだ。
誰もが1度は望んだことのある、結婚して、子供がいる生活。
私にはそれを望む権利すらない。
・
そして今日もまた1日の終わりを告げようとしていた。
私は三奈と一緒に帰るべく、玄関で彼女を待っていた。
「A」
誰かに名前を呼ばれ、声のする方を見た。
「切島……」
そこには、昨日以来会ってなかった彼がいた。
昨日の話を聞いてしまったからか、少しだけ気まずい。
「今日は、芦戸じゃなくて俺と帰ってよ」
切島はどこか寂しそうなのを、いつものテンションで誤魔化していたようだった。だから、断れなかった。
私達は家に帰るべく歩みを進めた。
切島がいろいろ話してくれたが、なかなか会話は弾まなかった。
……昨日のことが引っかかっていたから。
それに気づいたのか、切島は「昨日は大丈夫だったか?」と訊いてきた。
「うん。三奈のおかげでなんとか」
「そっか。お前が倒れたあと俺と上鳴が一緒にいた話とかも聞いてるよな」
「倒れた直後の話なら、少し」
私たちが保健室に行ったあとの話は知らない。
私は切島があの後の話をしてくれることを期待した。
「そりゃあ、上鳴の電気をあれだけ受けりゃ倒れるわ」
切島はそう言って呆れたように笑った。
そして何も言わなくなった。
昨日のこと、話してくれないんだ。
「やっぱ好きなやつと結ばれたいよな」
切島は急にそう言って、空を見上げた。
「切島、好きな人いるの?」
私が訊ねると、彼は「まあな」と答えた。
どこか遠くを見つめたまま切島。
そして、寂しそうな表情を浮かべた。
「俺も、叶わない恋なんだ」
その言葉が、私に重く突き刺さった。
なにか言葉を返してあげたいけど、何も出てこない。
「ま、お前の辛さと比べれば比にならないけどな」
そう言って私の方を見た。
そして私の顔を見るなり、小さく笑った。
「そんな苦しそうな顔すんなって!」
そう言う切島の笑った顔にも、寂しさや苦しさのような複雑な気持ちが混ざっているように見えた。
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作者名：さくら | 作成日時：2020年5月26日 9時
