アスファルトに焦がれて (ページ3)

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『お母さーーん！水槽あったっけ！？』
「おかえり。水槽？今飼ってるエビのしかないんじゃない？」
『えー！』

過去最速といっても過言ではないスピードで沿岸道路を駆け抜けて帰ってきたはいいものの、お母さんとお父さんにどう説明しようか考えていなかった。海に還して来なさい！とか言い出したら嫌だしな……

『買ってくるか。』

取り急ぎ、庭先に転がっていた水やり用のじょうろに“彼”をいれる
……淡水だろうか、塩水だろうか

『お母さん！！塩！』
「塩？何に使うの」
『夏だから！除霊！』
「ええ？」

困惑気味に食塩の袋を出してくれたお母さんにお礼を言って庭に戻る
なるべく塩分濃度が下がり過ぎないように水は控えめにして、適当に塩を放り込んだ。
水を得た魚、という表現はちょっと生臭いかもしれないけれど、少し控えめながらもゆらゆら尾を動かし始めて安心する。

『ちょっとこれで我慢して！すぐ水槽買ってくるから！』

せまいじょうろの中でこちらを向いた瞳と目が合った瞬間、コクンと頷かれた気がした。
また驚いて声をあげそうになったけど飲み込んで、財布を持って駅へと走る。
潮風は何かの始まりを後押しするように、私の髪を撫でていった。

『あ！？！！？？』

「あ、Aおかえり。どこ行ってたの？」
『ホームセンター…』
「あら大きい箱。水槽？また何か飼い始めるの？」
『うん、ちょっと…』
「ホームセンター行ってたならお母さんの用事も頼めばよかった。じょうろが壊れちゃったみたいなのよ。水が出なくなっちゃって」
『み、みた？じょうろの中、』
「じょうろの中？そういえば見てないわ。何か詰まってたのかしら」
『じゃ！じゃあ私見とくから！！』
「あらそう？じゃあお願い。夕飯の準備しちゃうわね。」
『うん…ありがとう…あ！明日から自分の部屋の掃除自分でするから！勝手に入らないでね！』
「なーに？彼氏？受験生なんだから、遊ぶのもほどほどにしなさいよ～」

玄関で立ち尽くす私にご機嫌に声をかけてお母さんは台所へと向かった。ちょっと鈍いお母さんでよかったと思いながらその背中を見送り、慌ててじょうろの中をもう一度覗き込む

「……………」
『ご、ごめんね、うちのお母さんが……』

流水口に尾ひれの根本を詰まらせてぷかぷかと浅い水に浮かびながら、明らかに不満を含んだジト目でこちらを見る人魚の姿があった。