アスファルトに焦がれて (ページ2)

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私の生まれ育った町には海があった。
青くて広い海だ。特に夏には、綺麗に青空を写した。

数十分に一本、路肩を過ぎて行く各駅停車の電車と
電柱間に張られた電線がたるんでいる幅の広い道路
瓦屋根と鋼板製の屋根と緑の畑がまちまちに敷き詰められ、時たまトタンで蓋をされた箱のような小屋が建っている

詰まる所、なんの取り留めもない地方の田舎。強いて言うならちょっと街に近い。
ここで言う街というのもスーパーがあって、機種の古いゲームセンターがあって、大きいホームセンターと服屋さんがあるだけ。最寄りのショッピングモールまではそこから更に乗り継いで１時間だ。

つまりまあ、私は海が好きだった。
これといって特に何に魅かれたのか、具体的にと言われると自分でもよくわからないけれど、とにかく自由で、広くて、綺麗で、知りつくせない青が好きだ。
小さいころから好きな本は海洋生物図鑑を選んだし、好きな漫画には大体海賊が出てきた。

だから、夏休みが始まった今日も、大学受験の勉強なんてほっぽりだして海に来ていたのだ。

『なに、これ……？』

目の前に落ちていた、いや、うちあげられていたのは

多分、人魚だった。

私の知っている知識だと人魚と呼ばれる空想上の生き物が一番近い。
魚のような下半身は鱗がついていて、夏の陽光を眩しく反射している。
しかし魚類にはあるはずのない頭髪が生えていて、投げ出された肌色は間違いなく腕だった。

『死んでる、？おーい…？』

手のひら大程度の大きさのそれをつついてみると、ピクりと反応が返ってくる。
反応を返されたら返されたでびっくりしすぎて、焼けるような熱さの砂浜に尻もちをついた。

『え？生きてるの？え？動くの？ほんとに？マジ？』

そっと抱き上げてみると、重そうな瞼が持ち上がる。
微妙に焦点の合わない紫の瞳は、アメジストというには光が足りず、紫水晶と呼ぶほど鋭さはない。
ただ、その屈折した光の奥へ惹きこむような何かがあった。

ごくり、唾が喉を通る。

『水、涼しいところ、家…？ちょ、ちょっと我慢してて！』

なるべく優しく持ち上げて、徒歩５分の帰路を走る。

絶対に死んで欲しくないと思ったのは、すり、と摺り寄せられた茶髪が、やたらと触り心地の良いせいだ。