Moon Lady (ページ11)

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Episode 9 【Laurence】ページ11

「…、」

　彼が語る物語は、スパイスを混ぜながらも温かみのある話が多かった。何故だか時折、泣きたくなるくらい懐かしい何かを感じたが、まあそれは気にしないことにする。

兎に角、簡単に端的に伝えるとするならば、面白かった。今の自身は、まるで瞳を輝かせた大きな子供であっただろう。後から考えればきっと恥ずかしい。

「次は…」

　紡がれる言葉をひとつひとつ拾い集めて、大きなパズルを完成させる。そんな感覚さえ感じた。このバルコニーはまさに、彼のステージ。

自身はひとつ、訂正すべきだ。彼を獣だと思ったこと、心で謝罪しよう。彼はさらりと席を譲ってくれるような、紳士的なストーリーテラーだ。

「ええ、それで？」

　ただ、聞いているだけなのも不自然かと思い、時には相槌や頷きを入れる。まさかこんなところで、丹波の令嬢としてのスキルが生かされるとは思わなかったけれど。

不意に、お父様の声だと思われる叫び声が微かに聞こえ、身体を震わせる。まさか、もうバレたか、なんて。

「…、あの、ええと、」

　一度気になればぐるぐると頭にそのことが回っていく。耐えきれずに、区切りが良いところで提案をする。

椅子から立ち上がると、相手の手を掴んで、一気に、『理香子』から『丹波の令嬢』に引き戻される。

「ごめんなさい、貴方のお話の魅力にくらくらしてきちゃったみたい。…、そろそろ、行かなくちゃ、だわ」

冗談。から、とわざとらしく笑って、逃げるための言葉を口にする。全く情けない、なんて思うが、仕方がない。

硝子の靴を履いていないお嬢様は、シンデレラになれる筈もないのだから。なんてのは流石に冗談だけれど。

「…！」

　すると、曖昧に笑っていた自身へ不意打ち。何かしらの破裂音が、耳を伝わって身体に伝わってきた。思わず固まり、次に出てきたのは悲鳴にも似た叫び声。

「倉木！」

愛すべきメイドの名を口にして、少し騒ぎになっといる美術館の中に飛び込もうと身体を前に出した自身の手首を、“彼”は掴む。

「俺が行く」

「だけど、！」

止めることすら出来ずに、彼は中に飛び込んでいく。本当は、自身がすべきことなのに。こんなところで発揮出来ない。ほんの少しの悔しさに唇を噛んだ。