第九話 ページ21
外から寮の窓を拭いていると、例のアパートから帰ってきたのかヒロが姿を現した。
「ヒロ、おかえり」
「ただいま、A」
そのまま中に入ろうとして、ヒロは何故か足を止める。
「そういえばA、コウジと喧嘩したって本当？」
「もうしてない」
「そう？ その割には二人とも暗い顔だけど」
「ほっといて」
「その様子だと、もうコウジのことは好きじゃないんだね」
「最初から好きじゃない」
「えぇ〜。あの時フラれた君のことを一体誰が慰めたと思ってるのさぁ」
「慰めてもらってない！」
腹が立って持っていた雑巾を投げつけると、顔面でそれを受け止めたヒロはそのまま中に入っていった。
腹が立ったまま窓を拭き直すと、食堂にヒロが入っていくのが見える。中にいたシンはヒロの方を見て挨拶をし、彼が持っていた雑巾を見て首を傾げた。そのままヒロが指差す方を見、私と目が合った。
『うわっ、Aさん！？』
『気づかなかったの？』
『びっくりしました……。Aさ〜ん！』
手を振られたから振り返す。すると、シンは笑顔になってもう一度大きく手を振った。そのまま何故か近づいてきて、窓を挟まなかったら至近距離になるというところまでやって来る。
『Aさん、お仕事頑張ってください！』
「頑張る」
『？』
……聞こえていないのか。私の方は聞こえているのに。
「頑張るー！」
仕方なく大きな声で言うと、「うわっ！」という音と共にタイガが木の上から落ちてきた。タイガの手には携帯があって、イヤホンをつけているところから察するにまたあの動画を見ていたんだろう。
しばらくあの動画を見ていなかったことを思い出して確認すると、また再生回数が伸びていた。そろそろお金が振り込まれる時期だし、さっさと引き出してエーデルローズの借金返済に全額当てよう。
顔を上げると、まだシンが私のことを見つめていた。目が合って、何故か急に顔を赤らめて、恥ずかしそうに笑っている。
あれほど笑顔が可愛いと言われたから、私は笑顔でシンに応えた。
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作者名：鬼童輪廻 | 作成日時：2018年5月18日 15時
