256.ふりをして ページ9
＜カイ＞
ジョンインのふりをして…ちゃんと、Aに別れを告げる。
そうしたら、Aは、心の整理がしやすいだろう。
そう、思って。
「ジョン、イナ…？」
Aは、目を大きく開いた。
…ヤツの記憶は、俺の中にある。
それを真似すればいいだけ。
「ジョンイナ…っ！」
「ちょ…！！」
Aはバッと起き上がる。
「危ないだ…あ、危ないよ、A。安静にしてないと、だめなのに…」
「ジョンイナ…本当に、ジョンイナなの！？」
Aは恐る恐る俺の手を握る。
…騙してるみたいで、嫌だけど…喜んでくれるのは…嬉しい。
「…うん、そうだよ。会いたかったでしょ？」
「っ…ジョンイナ…！！」
Aは一生懸命俺の方に体を寄せて、腕を俺に伸ばす。
人工呼吸器の管が邪魔をして、Aからは近寄れないみたいで…
俺は、そんなAを、抱き締めた。
…あたたかくて、幸せな、感覚。
「ばかっ…！心配、したの…もう、出てこないんじゃ、ないかって…！！」
「ごめんね、A…」
うるうるとした目で、俺の目をはっきりと見るA…
いや、その目は、俺の別人格だったジョンインを見ている。
「もう、居なくならないで…ずっと、そばに居て…」
Aは俺の頭を抱き締める…まるで、壊れそうなものを扱うように。
「ジョンイナ…ジョンイナじゃないと、嫌なの…っ」
「…うん」
「大丈夫。任せて…カイは私が苦しめる。弱らせて、隙を、作るから…」
「A…」
「大丈夫。その間に、出てきてね、これまでみたいに」
優しい声色が、耳のそばから聞こえて来る。
…心地いい、なんて、思ってしまうほど。
いや…ダメ、だ。
ちゃんと、説得しなきゃ。
Aは、ジョンインの話なら、ちゃんと聞いてくれるはず。
「…A、ごめん、あのね、」
「次のデートは、どこがいいかな…」
「…A、話が、」
「もうすぐ6月か…梅雨に入る前に、少し遠くに行きたいね」
「A、」
「旅行…楽しいだろうな…ふふ、一緒に綺麗な景色見に行きたいな…」
そんなAの顔を、見てしまったのが、間違いだったのだ。
俺が…カイが見たことのない、穏やかで、楽しそうで、幸せそうな顔をしていて。
俺が顔を見ているのに気づくと…Aは、ゆっくりと人工呼吸器を取った。
俺は、無防備なその唇に吸い寄せられた。
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作者名：LUKE | 作成日時：2020年9月17日 21時
