女 ページ8
─
無機質な白の廊下を歩いていつもの場所に向かう。
こんこんと、ノックしてドアを引き開ける。
光であふれた光景に、目を疑った。
何も、ない。
愛用していたウィンドウチャイムも、ドストエフスキーと嘘をついていた本当は現代小説だったギンガムチェックのブックカバーがついた本も、俺の目の前で完成させたパズルも。
空っぽの部屋を目の当たりにして立ち尽くしていると、後ろから控えめな声がかかった。
「赤羽、くんよね……？」
ふりかえると小柄な女の人。
「突然声をかけてごめんなさい、紫苑Aの母です」
「Aの…………」
よく似たその青の瞳を見て納得した。
「会いに来てくれたのよね、そうよね……
彼氏くんだもんね…………」
少なからず驚いた。
A、お母さんに俺のこと彼氏って言ってくれてたんだ……
浮上した心が、次の言葉で一気に地の底へ叩き落とされた。
「ごめんなさい…………」
その一言ですっと冷えたナニか。
「あの子は、もういないの…………」
.
.
.
Aは、心臓に持病をかかえていた。
まともに学校に通えたのは去年だけ。
中学二年に入ってすぐ学校は退学し、入院生活を送るようになった。
これが、俺が知っているAの病気についての話。
共に歩んできたから知っているだけで、A本人の口から一切その話がされることはなかった。
そのまま、何も言わずに、いってしまった。
もしかしたら、いやきっと。
異様に冷たい態度だったのは、
執拗に『来るな』と言っていたのは。
その為だったのか。
「…………、馬鹿なの？」
嫌い、と言えば良かったのに。
そう突き放してくれれば、俺だって二度と姿を見せようとは思わなかったのに。
全く、詰めが甘いんだから。
『アタシほど正直な人間は居ないさ、自分にならね』
嗚呼、そうだったね。
Aのお母さんと別れた後病院を出る。
嫌になるくらい青くて高い空と強い日射し。
油蝉の甲高い鳴き声が煩わしく耳を突く。
「………バカA」
雲の上にいる、最低で、
最愛の彼女の名を呟いた。
.
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作者名：camellia | 作成日時：2019年7月20日 13時
