023 ページ23
タクシーを降り、長らく記憶の底に封印していた名前を受付で告げる。
お願いだから外れてほしかった。
そんな人はいません、と言ってほしかった。
全ては廉の思い過ごしで、翔は紫耀ではないのだと思いたかった。
けれど、受付の看護師は「許可を取らないと面会はできません」と淡々と告げたのだった。
.
母の実名を出し、見舞いに来たことをアピールすると、看護師は憐れむような目で廉に面会許可証をくれた。
セキュリティが甘すぎるな、と思う。平気なんだろうか。
きっとそれだけ、世間的には風化した証拠だ。
いつまでも廉の心に渦巻く真っ黒な負の感情も、風化する時が来るだろうか。
辿り着いたそこは、いかにも隔離された病棟だった。
警察病院などではなく、普通の病院に幽閉されているということは回復の見込みも無いのだろう。
廉は階段を静かに上る。
入り口には事務室があったが、警備員の男性は居眠りをしていた。
病室のドアは、小窓に鉄格子がはめられている。
おそらく扉は内側からは開かないのだろう。
508、と記された、１つの扉の前に立つ。
…間違いない。
老けてはいるが、微かな記憶と、荒い写真で見た記憶と重ね合わせても間違いなかった。
慎ましくも幸せだった廉と海人と母の日々を、この女が全て奪っていったのだ。
起きる様子もなく、ただ人工呼吸器だけがシュー、シューと音を立てていて、辺りはひどく静かだった。
ふと思い立ち、廉は鞄から折りたたみ傘を取り出す。
今日は夕方から雨の予報だ。
柄を伸ばし、鉄格子の隙間から、曲がっている持ち手側を差し込んだ。
人工呼吸器のチューブに引っ掛け、少し動かす。
簡単に人工呼吸器がずれた。
あと少し力を入れて引けば、
……この女の命は、奪える。
どうせ明日には、廉は日本にいない。
何年も忘れたいと思いながら、こうなることも願い続けてきたような気がするのだ。
母の命を奪ったこの女には、それが当然の報いだと。
廉は静かに目を閉じた。
ぽつぽつと降り始めた雨の音は、強い恨みを、そして深い悲しみを掻き立てていく。
もう一度目をはっきりと開いた。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 174人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「オリジナル」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
みよ(プロフ) - いやいや！全然大丈夫です！ウキウキしながら待つのも楽しいので！応援しています!! (2020年3月16日 2時) (
レス) id: 9238d6c588 (このIDを非表示/違反報告)
LIKKA(プロフ) - みよさん» そうですよね、未完が多くて申し訳ないです！未完のものは結末は定まっているのにパスを忘れている状態なので、また時間があればこちらのアカウントで書き進めるかもしれません。お待たせして申し訳ないです（汗） (2020年3月15日 19時) (レス) id: 39c1d8fd7b (このIDを非表示/違反報告)
みよ(プロフ) - レスありがとうございます！！嬉しいです！実はもう既に全て読んでしまってます笑本当にお話全てが好み過ぎて笑アイムドールのお話の続きも気になっている状態です笑無理しない程度に頑張ってください!! (2020年3月15日 18時) (レス) id: 9238d6c588 (このIDを非表示/違反報告)
LIKKA(プロフ) - →一つの作品の更新すらままならない状態ですので、ご期待に添えないことは多々あると思いますが、みよさんのように応援してくださっている方のおかげでなんとかまだ続けられています（笑）本当に勿体無いお言葉の数々です。ありがとうございます。 (2020年3月15日 17時) (レス) id: 39c1d8fd7b (このIDを非表示/違反報告)
LIKKA(プロフ) - みよさん» 有り難いお言葉の数々嬉しいです。只今のんびりと更新中の「星を乞う」という作品のほか、LIKKAで作者検索していただくと前のアカウントで書いていたお話が数個出てくると思います(読了済でしたら申し訳ございません)。忙しく、なかなか作品の掛け持ちはおろか→ (2020年3月15日 16時) (レス) id: 39c1d8fd7b (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：LIKKA | 作成日時：2019年8月6日 9時
