ねじれの位置が36つ ページ38
どれくらい時間が経ったかなんて分からない。言葉に出来ない恐怖を目の前に只怯えるだけ。唯一の頼りさ隣の悠馬だけだ。
「…大丈夫」
彼は時折そんな言葉をして頭を撫でてくれた。気休めなおまじないである事には変わり無いが、それでも今の私には凄く嬉しかった。
「磯貝君、小野寺さん、無事ですか！？」
耳を劈く様な声が急に聞こえた。大きな音を立てて開かれる体育倉庫。私はその事実を確かめるべく、顔を上げようとしたが悠馬の手によってそれは阻止される。
「何とか、他の皆は？」
「えぇ大丈夫です。こんな所に閉じ込めてしまってすみません」
その怪物はにちゃにちゃと触手の音を立てて此方に近付いて来た。私は無意識に悠馬の手を握る力を強くする。
「Aも立てそうか？」
悠馬はそっと私の背中を叩いた。なんとなくだけど、あの怪物が私に触れようとしていた所を守ってくれた気がする。そんな悠馬に引っ付いて首を左右に振る。立てない、無理、足に力入んない。
「もう、しょうがないなぁ」
悠馬はわざとらしくそう言って私を無理矢理抱き上げる。こうしてると、昔に戻ったみたいだ。
自分から捨てた世界なのに、今更ながら恋しく思う。
体育倉庫を出ると、扉の前に居た彼奴はいつの間にか居なくなっていた。怪物が何とかしたのだろうか。外の扉から保健室に向かい、ベッドの上に降ろされた。
「上履きとか制服とか諸々取って来るからちょっとだけ待ってろ、な？」
悠馬は私が頷いたのを確認してから保健室から出て行った。
「小野寺さん」
まだ居たのか、単純にそう思った。
私は彼の呼び掛けに反応する事も無く、空気同然に扱う。この怪物が3年E組に来てそろそろ1ヵ月。
「良ければ、何があったのか説明して頂けますか？」
この怪物は、恐ろしく無慈悲だ。
私には説明義務があるのにそれを放棄した。本当に救いようも無いクズで嫌になる。
「ただいまぁっと」
木製の扉がレールを踏む音と共に悠馬の声がした。
「寝てる？」
「…おきてる」
振り向くと悠馬は既に制服を着ていて心配そうに此方を見ている。
「少し此処で休んでろよ、小テストは延期になったから」
小さく頷くと、悠馬は目を細めて笑う。それから静かにベッドの側から離れていった。
1人になって、思考の海へと沈み込む。
……どうしよう。
分からない事も、伝えきれない事もあるのに。何かを言葉にしなくちゃいけない。それが怖くて、痛い。自分がどんなに弱い人間なのか改めて自覚した。
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作者名：詩季 | 作成日時：2019年1月6日 19時
