日陰少女の日向坂記録 (ページ39)

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わたしはバカだった。

明日謝らなきゃ、なんて。

母さんに『明日』があることを信じていたわたしは、バカだった。

翌日、母さんが病院から帰ってきた。

それでも照れくさくて、なんとなく母さんの顔を見れず、口もきけないわたしに、母さんは「久々に公園に行こうか」と言った。

無言で頷いて、二人で公園に向かう。

その選択が間違っているとも知らずに。

『か、母さん、あの……！』

道中。意を決して謝ろうとした。

……けれど、神様はどこまでも残酷らしい。

少し離れたところから、叫び声が聞こえた。

反射的に目を向けると、包丁を持った男の人がいた。

目が、あった。

すると、わたしに向かって走ってくる。もちろん、包丁を向けながら。

——ああ、狙われたのだ。ここで、死ぬのだ。

そう悟った。

でも間違いだった。

わたしは、気づいたなら、そこから逃げるべきだった。

けれど、足が地面に張り付いて、目の前の男の人から目が離せなくて、周りの声なんて耳に入ってこなくて。

距離がどんどん縮まる。

そうして男の人がすぐ近くに来て、周りが男の人の狙いに気付いた時。

——「Aっ！！！！」

と、声が聞こえた。

同時に、わたしの体を衝撃が襲う。

……刺された？違う。誰かに押された感触と、壁にぶつかった痛みはあるけど、刺された感触はない。

……突き飛ばされた？『誰かに押された』……？

——じゃあ、誰に？

「う……っ！」

誰かのうめき声。すぐ近くから聞こえる声。

誰の、声？

何の、声？

喉がひりつく。脳が、状況を理解しようと急激に回り続ける。

見たくなんて、なかった。

けれど意に反して、わたしは顔を上げ、ゆっくりと、声がした方向を見た。

『……母、さん……？』

目に飛び込んできたのは、男の人と、母さんと、その間を繋ぐ鈍く光る刃物。

そして、赤い、、あまりに真っ赤な、液体。

母「ぐ……ぅ……っ！」

男の人は満足したのか、刃物を抜く。少し血が噴き出して、わたしの顔に付着する。

男の人は逃げるかのように地面を蹴って、その場を後にし、母さんは静かに地面に倒れていく。

そのすべてが、まるでスローモーションみたいに、ゆっくりに見えた。

どさっという音が聞こえた時、現実に引き戻されたかのように周りの音が耳に入る。目の前の惨状が目に映る。

悲鳴。逃げまとう声。誰かが通報する声。どこからか聞こえる、パトカーのサイレン。

喧騒が、やけに遠くに聞こえた。