日陰少女の日向坂記録 (ページ38)

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過去　　『明日』ページ38

けど、そんなある日。

母さんの病室にお見舞いに行った。

珍しく、わたし一人だけだった。

けれど、母さんはまた、「自分がいなくなったあと」の話をする。

最近ずっとそればかりだ。

わたしには、母さんがいない生活なんて考えられないのに。

そうして、母さんは決定的な一言を口にしてしまった。

母「……ねえA」

『なあに、母さん』

母「私が、お母さんが死んだ後も、ちゃんと幸せに生きるんだよ。Aなら、もう私がいなくても大丈夫」

頭を鈍器で殴られたみたいな衝撃を受けた。

お母さんが死んだ後も。

そんなの、考えられなかった。

考えたくもなかった。

母が隣にいる。

そんな当たり前の日々が、これからも続くのだと、異例なんかないのだと、無邪気に信じ続けていた。

『なんで……そんなこと言うの。母さん最近そういうのばっかり……っ！』

母「A……？」

母さんがいなくても大丈夫？

そんなわけない。

母さんに安心してほしかったから、負担を減らしたかったから。

母さんとずっと一緒にいたいから、強くなろうとしたのに。

そうして色々な思いが駆け巡り、激高したわたしは、母に言ってしまった。

『そんなこと言う母さんなんて、嫌い！』

と、決して言ってはいけない言葉を。

はっとした時には、もう遅かった。

なんてことを言ってしまったんだ。

怒鳴られることを覚悟しながら、恐る恐る母さんの顔を見る。

……母さんは、困ったように笑っていた。

なんで、なんでだよ。怒ってよ。そんなこと言っちゃダメでしょ、って、叱ってよ。

なんで、そんな顔するの。やめて、やめてよ、だって、そんなの、そんな顔——

——まるで、お母さんが、本当にいなくなるみたいじゃないか。

『っ！』

母「Aっ……！？」

そして急に怖くなったわたしは、勢いよく病室を抜けて、走って家に帰った。

「……おねーちゃん……？」

『……ゆき……』

ゆきの姿が見えた瞬間、わたしはゆきに抱きついていた。

『ゆき……大丈夫だよね……？お母さんは、いなくならないよね……ずっと、そばにいるよね……？』

「あのね、おねーちゃんのそばにはね、ゆきがいるよ。ゆきがね、おねーちゃんをまもるんだよ」

違う。守るのはわたしだ。わたしが、ゆきを守るのだ。

今になって考えると、きっと、この時、母さんに言われたんだろうな。料理本を渡されて、Aを守ってあげてって。

『明日、謝らなきゃ……』