過去 約束 ページ36
父「……あと一年、ですか」
医「すいません……力不足で」
父「いえ……お医者さんのせいでは……。残された時間を、大切に過ごします」
医「……お子さんには、病院側も協力して隠します」
父「ありがとうございます」
その頃から、お母さんは「自分がいなくなった時」の話をするようになった。
今思えば、一緒にやってくれた料理も、裁縫も、家事も、ゆきの世話も、わたしに教えるために一緒にやっていたのかもしれない。
母「A、もし私がいなくなっても、ちゃんと生きていける……?」
『……急にどうしたの?お母さん』
ここで、『無理だよ、お母さんがいないとわたしは生きていけないよ』と即答しなかったのは、なにか、そう言ってはいけないことを本能で感じていたのかもしれない。
この時のわたしは知らないことだけど、近いうちに本当にお母さんはいなくなるんだから。
母「一人で寝れる……?ご飯は、食べれる……?歯磨きはできる……?学校には行ける……?
ちゃんと、健康に、幸せに、生きられる……?」
『……何歳だと思ってるの。それくらいは、できるよ』
そう言ったら、お母さんはほっとしたように笑ったから。
わたしは強い姿を見せなきゃいけないと、思った。
ある日、母はわたしに言った。
母「ねえ、A……一個だけ、約束してほしいな」
『約束……?』
母「うん」
『なあに……?』
母「もしもお母さんがいなくなったら、Aがゆきを守ってあげて。ゆきのお手本になってあげて。道標になってあげて。……お母さんの代わりに、Aが、ゆきを守ってほしい。お願いできる?」
『……うん。わたし、頑張るよ。約束する』
母「ありがとう」
そう言って笑うお母さんは、前よりも痩せていて、いつもよりもしんどそうだった。
だから、わたしがしっかりしないといけないと、そう思った。
ゆきを守らないといけない。
ゆきのお手本でいないといけない。
……姉として、強く在らねばいけない。
その日から、わたしが両親のことを「お母さん」「お父さん」と呼ぶことは、なくなった。
父さん、と呼ぶと、父は驚いた顔をしたけれど、
父「……そういう時期なのかな……?」
と納得してくれたようだった。
お母さん——母さんも、わたしも、この時は思ってもいなかった。
母だって、望んでいなかっただろう。
この『約束』が、今後わたしを呪いのように縛り付けることになるなんて。
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123 - テスト (2021年12月1日 22時) (レス) id: 3aa6a8a473 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:零 | 作成日時:2020年11月6日 18時