【文スト】使えない駄犬は嫌いだよ (ページ32)

今日:10 hit、昨日:34 hit、合計:189,552 hit

30 ページ32

.

「事務員を餌にしただとっ！！」

モニター越しに社長が怒鳴った。

「すぐに避難させりゃあ間に合う。その上、組合はお宅らが動く事を知らねぇ。楽勝だ」

「まぁこの話、信用するかはそっちの自由だけど」

社長は視線を乱歩に向けて問う。

「奴らの言葉に嘘はあるか？」

「無いね、残念ながら。こういう時は、真実が一番効く」

「ふふっ……穴だと分かっていても探偵社は落ちずにはいられない。首領の言葉だよ」

津島は監視カメラを見上げた。

彼の両側に控えていた黒犬が、影に戻って消えた。

「さて、僕等の役目も終わった事だし、帰ろうかな」

踵を返して元来た道を歩いて行く津島。

その背中を乱歩がじっと見つめていた。

「ねぇ太宰弟君」

黙っていた乱歩が口を開いた。

呼ばれて津島は足を止める。

「太宰には云わないのかい(・・・・・・・)？」

乱歩の言葉に、社長はおろか、聞いていた社員は首を傾げた。

一体何の事なのか？

しかし問い掛けと同時に、その場の空気がズシッと重くなった。

思わず与謝野と賢治が身構える。

津島はゆっくりと監視カメラを見上げた。

どす黒い深淵の様な瞳が、カメラの向こうの乱歩を真っ直ぐ捉えた。

「……ふっふふふふっ、あははははっ！！」

突然、津島が笑い出した。

腹を抱えて、身をよじり、狂ったような笑い声が通路に響き渡った。

余りの異様さに、誰も言葉を発せられなかった。

一頻り笑った後、津島は「あーあ」と息を吐いた。

「流石は名探偵。貴方とは一度二人切りで話がしたいですね」

先程までの重苦しい空気はなくなっていた。

津島は笑い過ぎて浮かんでいた涙を指で拭ってカメラを見上げた。

「その時は是非、沢山のお菓子でもてなして貰いたいね」

「約束しますよ……またお会いしましょう――江戸川乱歩さん」

津島はそう云って、今度こそ通路を進んで行ってしまった。

その後を中也が追い掛けて行く。

静かになった通路に、残された与謝野がカメラに呼び掛ける。

「行かせて良いんだね、乱歩さん」

「今あの二人と戦うのはこっちが不利過ぎる。それよりも最優先すべき事がある」

乱歩は眼鏡を外して懐に仕舞った。

.