二話 2/10修正 ページ2
コムギ島、大臣専用の執務室に紅茶の香りが広がっていた。どこか落ち着くような香りだった。実兄がその紅茶を嗜むと、愉快そうに目を細める。
「くっくっく、まさかお前が婚約とはなぁ」
実兄、ペロスペローがこの部屋に来てから始終楽しそうにしているのを静観していた。
「だいたい十七年前だろう」
「ん?ああ、たしかにそうだな」
『最後に結婚相手の女に会ったのはいつだったか』。その質問を見聞色で見た答えがそれだった。
まだカタクリ自身も幼い頃、父親に連れられて出会ったのがグラシエ、婚約相手の娘だ。ふわふわした桃色の髪を高いところで一つに結い、白に近い薄桃色の瞳を煌めかせていた幼い少女。頰もふくふくして、まさに好奇心旺盛な子供という印象の強い娘だったのを覚えている。人懐っこい性格や、自分の裂けた口にも物怖じしない豪胆さも相まって、かなり仲は良好であった。妹のように接していたし、仲の良い友人と言っても過言ではなかっただろう。
「もうホールケーキ城についてるらしいじゃねぇか。会わなくていいのか?ペロリン」
「大臣としての仕事がある。それに改めて顔合わせもあるだろう」
「たしかになぁ…それもそうか」
兄が再び紅茶に口をつける。カタクリは書類を見比べるも、頭の片隅にはグラシエがいた。あいつに会ったのはまだクラッカー達が産まれて間もない頃だ。今まで他人に『フクロウナギ』と邪険にされ、ブリュレの件以来ずっと『完璧』でいる自分にとって、家族以外の人間で側にいることを許したのはあいつにだけだった。懐かしいと思うし、会いたいとは思う。
しかしそれは憚られた。『友人』が『婚約者』になる戸惑いからかもしれないし、単にどうでもいいと思っているのかもしれない。第一、ずっと会っていないのだから戸惑うのも自然だろう。かといって、自分でも本当はどうなのかよくわからない。書類の内容が頭に入ってこない。
「ペロリン、疲れてるのか?」
「いや」
「くっくっく、まぁいい。根を詰めすぎるなよ」
そう言って立ち上がったペロス兄は、目の前に棒付きのキャンディを差し出してきた。反射的に受け取ると、また楽しそうに笑って「じゃあな」と部屋を出ていく。
精巧に作られた花のキャンディを見、そして時計を見やると、午後三時になろうという針が一所懸命に働いていた。
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黒川(プロフ) - トマトさん» ありがとうございます! (2020年1月27日 17時) (レス) id: 71b39bcae7 (このIDを非表示/違反報告)
トマト - (ruby:漢字:読み)でルビ振れますよ (2019年9月11日 21時) (レス) id: 163a5abe9a (このIDを非表示/違反報告)
黒川(プロフ) - はいるさん» ありがとうございます!最近私生活が忙しく更新が滞ってしまっているのですが、気長にお待ちいただけると嬉しいです! (2019年7月24日 18時) (レス) id: 71b39bcae7 (このIDを非表示/違反報告)
はいる(プロフ) - 続きが読めるのを楽しみにしています! (2019年7月23日 9時) (レス) id: bf6bddb7dc (このIDを非表示/違反報告)
黒川(プロフ) - ゆめさん» ありがとうございます!そのお言葉が嬉しいです(^^)もっとのびるよう精進したいと思います! (2019年6月2日 13時) (レス) id: 71b39bcae7 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:黒川 | 作成日時:2019年5月26日 17時