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車窓から見える景色が普段暮らしている日本とは別世界のように色づいて見える。
間隔をあけてゆったりと座れるくらいのスペースのある車内がそうさせている可能性はあるが、一番は愛しのあの子に会いに行く道すがらだからだろう。
下車して歩く。乾いた風が頬を撫でた。乗客を驚かせるわけにはいかず、懐に隠れていた蛇の鏑丸が襟から出てくる。目的地はもうすぐそこだ。
平凡な下町の定食屋「あおぞら食堂」。引き戸を開け、中を見渡す。一際華やいで見える空間があった。座っていた彼女がぱっと笑う。
「伊黒さん!」
「甘露寺」
その笑顔につられて、伊黒小芭内も微笑んだ。
「遅くなってしまってすまない」
「時間の十分前だもの、全然遅くないわ」
「いや、君を待たせてしまった」
本心から伝えると、甘露寺蜜璃は嬉しそうに両手で口元を隠し、「えへへ」と頬を染める。
堪らなく可愛らしいと思いながら彼女と向かい合って座った。
「最近、すっかり秋めいてきたな」
「そうよね。焼き芋屋さんがたくさん通って、ついつい食べちゃうわ。でもはしたないかしら……?」
「食欲の秋だな。秋の味覚の美味しい季節だし、風流でいい」
「伊黒さんはそう思ってくれる? 良かったぁ」
「体調に変わりはないか?」
薄手のブラウスやワンピースを好んでいた彼女がニットの服を着て薄手のコートを椅子に掛けているのを見て、伊黒は尋ねた。
「ええ! 一気に冷え込んだものね。伊黒さんは平気?」
「ああ、大丈夫だ。君と会うのに、体調を崩す訳にはいかないよ」
「ん ゙っふ……!」
「……」
場に似合わぬ、笑いを噛み殺す声。
文字通り噛み殺さんばかりの目で睨む伊黒の視線の先に、カウンターに突っ伏してなんとか堪えるAの姿。
「……ごめ……どうぞ、続けて……んっふふ……!」
「Aさん! ボサッとしてないで仕事してください!」
「はーいはい。で? 浮かれ色
「店員、このアルバイト態度がすこぶる悪いぞ」
店主の娘である神崎アオイが目をつりあげてAを睨むが、何処吹く風の彼女は百点満点の笑みをたたえ注文を促す。
甘露寺がなぜかにこやかに定食を頼んでいる手前「チェンジ」などとも言えず、伊黒も仕方なくうどんを注文した。
「承ったよデレデレ教師。あんな歯の浮くような台詞よく言えるね」
「黙れ鬼舞辻A。そもそも何故お前のバイト先がここなんだ」
「給料の割が良いのと、交通の便がいいのと、店員が事情を知っているのと、普段見たことがないような君を見て腹の底から笑いたいからかな」
「貴様……」
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