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「手前、運び屋か?」

 冷静な声が頭上から降った。少し高い、男の人の声だった。目を瞑ったまま必死で首を横に振る。

「……っが、違います、殺さないで……許してください……っ! にも、知りませ、見てませんっ……」
「何でここにいんだ?」
「仕事を解雇(クビ)になったんです! それでぼーっと歩いていたらたまたま居合わせてしまっただけなんです! お願い、許してください!」

 両手を組みあわせて上げた視線のその先には、橙色の髪を揺らす黒い帽子の男がいた。脅すような顔はしていないのに、端正な顔立ちのせいか妙な威圧感があった。その後ろには黒い背広(スーツ)を着て保護眼鏡(サングラス)をかけた屈強そうな男達が並んでいる。ひく、と嗚咽が喉を鳴らした。

「な、なんでもします」
「あん?」
「下働きでも、なんでも、します」

 非合法組織に与する罪悪感は、命の危機の前では無いにも等しかった。男の顔に哀れみのような何かが浮かび、「何が出来んだよ?」と少しぶっきらぼうな答えが返ってきた。

「か、髪を」
「髪?」
「洗ったり、切ったり……」

 今度男の顔に浮かんだのは私にもはっきりと分かった。呆れている。こんな時にも夢を捨てきれない自分を殴り飛ばしてやりたいと思った。男が何か言う前に言葉を継ぐ。

「なんでも、本当に、なんでも出来ると思います。練習すれば……ど、努力は好きです。頑張ります」

 男ががしがしと頭をかいた。そうして、「まァいいだろ」と息をついた。

「本当にその気があるならついてこい。俺は首領(ボス)に報告に行くから、そん時についでに手前の処置について判断を仰いでやる」
「処置……」
「雇うか殺すか」

 帽子の男は脅すようにそう言った。思わず握り合わせた手に力を込める私を見て、くつくつと肩を揺らす。笑うといくらか親しみやすい雰囲気になる人だった。

「今すぐ殺されるよりマシだろ?」
「は、はい」

 それには違いなかった。私は少しだけ伸びた命に安堵しながら、彼の後をついていった。「一応な」と手首を縛られ、懇願して段操箱(ダンボール)を黒服のひとりに持ってもらい、車に乗せられて着いたのは、見上げると首が折れそうなほどの高層建築物(ビル)だった。

「あァ、そういや自己紹介がまだだったな」

 立ち尽くす私に帽子の男は言った。

「俺はポートマフィア幹部の中原中也。これが冥土の土産じゃあなく、未来の上司の名前になることを祈っとくんだな」

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- このお話大好きです!文章もお上手で読みやすくてすらすら読んでしまいました!無理のない範囲での更新お待ちしています。 (2021年1月12日 3時) (レス) id: 0255e6d75f (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:夕べの宝石 | 作成日時:2021年1月2日 0時

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