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夏も盛りに入ろうとしていた。海に愛される街、ここ横浜には、濃密な潮の香りが漂っている。
 容赦なく差し込む紫外線は世の人々の髪に甚大なる損害(ダメージ)を与え、日々己を磨かんとする乙女達はこぞって美容院へ予約の電話をとる。夏は、私が勤める美容院の繁忙期なのだ。

「悪いけど、お前、解雇(クビ)だから」

 そればかりに、唐突に突きつけられたその言葉には私も耳を疑った。目の前で憮然と私を見下ろしている店長を見やる。

解雇(クビ)、ですか」

 間抜けな鸚鵡(おうむ)にでもなった気分だった。

「うん。解雇(クビ)
「なるほど、解雇(クビ)……」

 そんなやり取りから数時間後、私は荷物をまとめて家路へとついていた。夜も遅くの事だった。

 私が勤めていた美容院『coifeur(クワフール)』は指名制の店だった。故に、否が応でも実力主義の世界となる。そこで私は、最底辺の層にいた。

 以前指名してくれたお客様がいつの間にか同僚を指名するようになり、指名が片手で数える程になり、その数少ないお客様を大切に、これから頑張っていこうと歯を食いしばった矢先のことだった。

 ぽろ、と抱える段操箱(ダンボール)に水滴が落ちた。あぁ、両手が塞がってるから傘なんて差せないのに。顔を顰めて空を見上げると、雲ひとつない星空が広がっていた。自分の涙だと気がつくのに数秒かかった。

 足が止まる。大したものも入っていない段操箱(ダンボール)がやけに重くて、どこかに投げ捨ててやろうかと思った。中に入っている(シザー)の総額を考えて怖気付いた。
 すれ違った仕事帰りの会社員(サラリーマン)がぎょっとした顔で私を見たまま通り過ぎていく。拭うことの出来ない涙が段操箱(ダンボール)に濃い茶色を滲ませる。通りすがる人々の奇異の視線を避けたくて、私の足は人気のない路地裏へと向かった。

 大通りの喧騒が遠のいていく。自分が進んでいる道が自宅に続いているのか確信は持てなかったが、引き返す気持ちにもならなかった。知らないどこかに辿り着いてしまいたいような心地もした。

 どこか夢を見ているようにぼうっと歩き続ける。そんな私の目を覚ましたのは複数人の話し声だった。はっと顔を上げ辺りを見渡すが、当然知らない場所。暗く、湿っている。

「__待て。おい、誰かいるのか?」

 この間抜け、ふざけるな。私は自分の不甲斐なさを呪った。

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- このお話大好きです!文章もお上手で読みやすくてすらすら読んでしまいました!無理のない範囲での更新お待ちしています。 (2021年1月12日 3時) (レス) id: 0255e6d75f (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:夕べの宝石 | 作成日時:2021年1月2日 0時

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