描写と地の文、磨いてみない？ (ページ5)

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ビフォー健斗が廊下を歩いていたその時、川口智子が隣を通り過ぎていく。うつむきながら歩いていた健斗だったが、すれ違いざまに智子からいい匂いが漂って、顔を上げた。無意識に熱い視線を送っていた。一目惚れだった。特に穏やかな表情に惹かれた。彼女は八重桜のような、綿のような見た目をした花に似ていた。
しかし健斗は、智子の名を知らない。
これではやや説明口調の……普通の文章になってしまいます。
では、小説ではこれがどうなるか。

アフターふと。名を呼ばれた訳でもないにもかかわらず、うつむき加減だった健斗は顔を上げていた。香りが気になり、視界の端にあったものが気になり、その方向を目で追っていた。それらはどちらも、同じ方から漂っていた。同じ、女性から。彼女の姿を一目見た時、健斗の脳裏に花が浮かんだ。
ゆったりとした歩みに合わせて、黒い髪が揺らめく。薄っすらと上がっている口角は、獣の唸りすらやさしく治めてしまいそうだ。
桃色の花。八重桜のように、綿のような見目をした花。
健斗の瞳が、微かに大きく開く。息が詰まり、鼓動が強く脈打ち、取り残されたかのように、時が緩慢に過ぎていく。
一秒、二秒、三秒。
——その姿が背だけになった時、彼女の名を知りたいと、願ってしまった。
個人的にはこうかなあと思います。

この違いについてですが、私が意図して入れた違いはこうです。

・後者には「川口智子」という名前がない
・「一目惚れ」という言葉を使っていない

そう。「直接的な言い回しを封印しながら伝えている」のです。
健斗くんが智子さんの名前をまだ知らないことを、「女性」「彼女」としか書かないことでリンクさせることでにおわせたり。目で追っていることや身体の感覚で、恋に落ちたことを表現したり。しています。

こんな風に、全てを直接言葉にしないことって、一見書くのは難しそうですが、ちょっとしたコツがあります。
それは……。

・主人公と同じ状況にナレーターを持ち込む
・身体の感覚に焦点を当てる
・伏せる「キーワード」を設定する

です！！