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割り切ったわたしはとても都合が良くて、触れない横山先生に対し恐怖を覚えることも、遠慮さえもしなくなった。
「おかえり」
「ねえ聞いてくださいよ」
「なに、どしたん」
君がくれたおかえりに対し、ただいまとそう返すことすらせずに、その優しさに飛び込んだ。
仕事の愚痴も、人と比べてしまった自己嫌悪も、言葉にできないぐちゃぐちゃとした嫌な感情も、全部全部吐き出してしまう。
君は優しい。
冷たそうに見えて、とても優しい。笑った顔がかわいい。君が笑うとわたしも嬉しくなってしまう。
おかえり、今日はどやった？
おかえり、はは、なにをむくれとんねん
おかえり、もうそないな顔すんなやぁ
おかえり、うん、がんばったなぁ
おかえり、Aちゃん
それは、君がおかえりと言ってくれる日常に慣れてきた木曜日のことだった。
いつもと同じように、わたしのベッドに腰掛ける君。長い脚を持て余していてそれだけで様になっている。
わたしは床に座って、そんな君を見上げる。
「な、こっちおいで」
優しくて微笑んで自分の隣をぽん、と手で指し示す。撃ち抜かれるように、愛しくなった。なんて素敵なんだろう、君は。
君の隣に腰掛けると、ぎし、と安いベッドが軋む音がした。それだけで、君に体重がないことを思い知らされる。
肩も触れない距離感、でも私たちにはすごく近かった。
「……楽しいな」
「え？」
「Aちゃんと喋んの、ほんまにたのしい……」
「……わたしも」
「……Aちゃんはこれからきっと、もっとええ先生になるんちゃうかな」
わたしを見ずに話す。君が瞬きをするたびに、長い睫毛が風を起こしそうだ。
「やさしくて……凛としてて………いろんな立場でものを考えられる……」
舌ったらずな喋り方、可愛くて、愛おしくて
「……いつか…………結婚とかして…お母さんになっても……ほんまに、ステキな、」
切なそうに、悲しそうに、そんなことを、言わないで欲しかった。
「……笑顔がな、好きやねん」
「…え？」
「Aちゃんの、笑った顔」
照れる隙もなく、君が首を傾けわたしに近づく。目を閉じた君が近づいて、わたしは思わず息を止めた。
じゃぼん、
君には触れない。
君を触ると、まるでぬるい水に包まれたみたいになる。
わたしの唇に、君の優しい唇が、触れた。
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作者名：ねこひこ | 作成日時：2020年3月2日 2時
